猫と髭と冬の綿毛と


「そこの髭!」

確かな声を耳にして、聞こえたはずでも、そこで身体は止まったまま。
窓に当たる音を頼りに足を向け、静かに覗き込む。

「そう、そこの髭!」

口元に手を当て、呼びかける姿に思わず苦笑いをした。
おそらく、自分でも呆れるくらいに、初めて会った時と同じ顔をしてるような気がする。

それでも、突き動かされた感情は留まらず、マフラーやフリースを手に部屋を飛び出し、階段を駆け下りてからドアを開けると、彼女が一目散に向かってきた。

「会いたかった……、待てなかった……」

切なげな声で首元へ縋り付き、此方の顔を確かめるように、何度も唇を重ねられ、少し交わしてから軽く抱き締め、冷静に吐き出す。

「風邪ひく、中に入って……」

その背後で木崎が待ち構えてるのが見え、彼女に自室の場所を告げて促し、見送ったところで、ドアを静かに閉めて行く。

近付く気配に彼は軽く頭を下げ、微かに口元を綻ばせた。

手にしたフリースを袖に通し、マフラーを巻きながら声を掛ける。

「こんな所にまで仕事ですか」

「今日は大事なお話があって参りました」

彼の顔が癪に障り、思わず嫌味を混ぜたが、表情も一切変えずに返された。

若干の違和感に阻まれ、問いただせるような雰囲気もなく、適度な場所へと赴く。