翌朝、目覚めると、既に彼女の姿はなく、どこを歩いても見慣れない光景が広がるばかりで、落ち着かない。
それは昨夜のせいかもしれないし、会えなくなる感傷に浸ってるだけかもしれない。
おそらく、全てを混ぜ合わせた状態だとは分かるが、全く成長のない自分に気が沈んだ。
重い身体で繋ぎ服を纏い、ポケットを一通り確かめ、再び辺りを見回してから部屋を抜け出す。
搭乗までの時間は変わり映えもせず、空席を埋めるように脳裏が廻り始める。
休暇の打診は先決だが、住居の目星も付けたい。それらに必要なのは車か、と考えていた。
肝心なことすら言えてもない現状も忘れ、想像だけが膨らんでいく。
今にも夢の現を抜かしそうな狭間で、不意に誰かが隣へ腰を下ろした。
「こっち見ないで、絶対に」
その言葉尻に強さは無いが、意思は堅いような気がする。
いつもの優しげな口調とは違う気配に、ただ静かに耳を傾けた。
「大事な話があるの」
膝の上で両手を置き、右手が左手の親指を強く掴んだように震えている。
「なに?」
たった一瞬で捉えた様子が口を吐き、嫌な予感も連れて来た。
短い期間を顧みれば、覚悟を決めたとは言え、何の保証もなく、旅立とうとしている。
そこで、彼女が思うことは想像に容易い。
深呼吸を繰り返し、どうにか整え、再び続きを待ち構える。
電光掲示板で便の案内が次々に流れて行き、慌しげに向かい始めたキャリーケースの音や、後部座席の話し声が、やけに煩わしく聞こえた。



