猫と髭と冬の綿毛と


浴室から部屋へ戻ると、彼女は既に夢の中。
携帯の時間を眺めながら、幾つかアラームを掛け、柔らかい身体を抱き枕代わりにして眠りに就く。


行きのタクシーの中で彼女が不意に笑い出す。

「なに」

「お髭さんは、いつも変わらないね」

そう言いながら、どこか遠くを見つめるように、前を向いていた。

大事な友人の晴れの舞台だと言うのに、繋ぎ服でカメラを手に参加しようとするのを咎めたのかは分からないが、どうやら、ただの感想に近いような気がする。
そこで、彼女を見ると、黒のワンピースが白い肌に良く映え、いつもは持たない小さなバッグがアンバランスに思えた。

「黒だしセーフだろ、それに動きやすいしな」

軽く扱う態度も気にせず、優しげな笑みを浮かべて、細い指先で場所を示していく。

「タバコとジッポ、フィルム、携帯とキーケース、四次元ポケットみたい」

「そんなもん、俺が持ってる訳ねぇだろ」

いつの間に覚えたのか……、素直に嬉しさを表せばいいことを、気恥ずかしさから誤魔化した。

本音を洩らせば、以前から想いは募るばかりで、日本に戻ってからも考えてる。
けれど、上手く言葉に出来そうにない。

ふと、互いの視線が重なり、綺麗な眼差しを向けられ、堪えきれずに吐き出す。

「日本に帰ろうと思ってんだ。まだ、目処は付かねぇけど、向こうに居るよりはマシだろ」

決意とも取れぬ発言に、彼女は頼りなく笑うだけだった。