猫と髭と冬の綿毛と


「独身最後の夜を飲み明かそうぜ」

それは、口を挟む隙さえなく、四十路とは思えない用件を明るく告げられ、直ぐに切られた。
本音を洩らせば行きたくはないが、行かないと一生嫌味を言われそうだし、状況を避けても日比谷が止まるはずもない。
ようやく彼女と会えて、これから、と言うときに、少しは気を遣え、と軽く苛立ち、思わず不服な表情を浮かべる。

「健ちゃん?……行ったほうがいいよ。じゃないと、一生言われるよ」

目の前で笑う彼女に申し訳ない気持ちが込み上げ、悲しい顔になりながらも吐き出す。

「そうだな……、ごめんな、璃乃」

「どうして謝るの?」

「だってさ、せっかく会えたのに……」

「また、来てくれるんでしょ、待つのは慣れてるよ。行ってらっしゃい」

本当に彼女は強くて、もはや憧れてしまうほど、その潔い姿に惹かれる。

感情の赴くままに彼女を抱き寄せると、そうだ、と思い付いた口振りで腕から抜け、ベッドのほうで何かを取り出し、此方へ近付くと同時に、小さなカードキーを渡して来た。

「はい、ここの鍵あげる、いつ来てもいいように」

優しげな口調に頷き、絶対無くせねぇな、などと気取って見せたが、不安しかない、と、彼女は軽く肩を窄めて微笑む。

けれど、高ぶったままの感情は留まることなく、再び彼女を抱き寄せ、柔らさを確かめながら、"璃乃"と洩らした声が、自分でも分かるくらいに甘えていた。

「甘えん坊のお髭さんだ」と茶化した彼女が愛しくて仕方ない。

邪な誘いを想像したところで、早く行かないと、と子どもを窘めるように諭され、不貞腐れながら、重い足取りで部屋をあとにした。