猫と髭と冬の綿毛と


彼女は相変わらず、当たり前の態度で勧めるが、辺りを見渡しても落ち着けそうな場所などなく、迷子のように立ち竦む。
それでも、彼女は明らかに狼狽えた自分を見ながら、冷蔵庫を軽く覗いて、お腹は?と訊ねてくる。

「別に……」

最早、思考がないどころか、目の前の状況を把握するだけで精一杯だった。
すると、彼女は少し笑みを繕い、冷蔵庫を静かに閉めてから続ける。

「煙草は換気扇の下……、灰皿は無いけど、使わない食器で良いかな……。それと、浴室は寝室の右隣、お手洗いも同じ……、あとは勝手にどうぞ」

身振り手振りで説明しながら、流れ作業のように足を進めると、キッチンの前に置かれた大きな白いソファーへ腰を下ろした。
促される形で隣に腰を掛けたが、肩を並べて見ても居心地が悪くなり、何かと状態を忙しく変え、終には胡坐(あぐら)で落ち着く。

「すげぇとこ住んでんな……」

「一緒に住んでみる?」

思わず零すと、悪戯な顔で笑い出し、応える間もないまま、被せてくる。

「冗談、いつ帰るの?」

その声が、やたらと響いたように聞こえて、苦笑いを浮かべならも返した。

「明日が式だから、明後日。向こうで仕事が詰まってんだ」

「そっか……」

寂しげな様子に、優しく手を取り、約束を吐き出す。

「また、必ず来るから……」

「期待しないで待ってる」

再び悪戯に笑い出した唇を、咄嗟に奪って深く求めた。

けれど、漏れる吐息を塞いだ隙間でポケットが震え始める。

「ねぇ……、電話……」

無視することが出来たと言うのに、彼女の静止には適わず、已む無く手を止め、携帯を耳に当てると、邪魔者の声が聞こえて来た。