猫と髭と冬の綿毛と


最後に挨拶でもするか、と隣へ腰を下ろして、静かに声を掛けた。

「おつかれさま……」

彼女は応えもせず、足先で水際と戯れたまま、ただ、その動作を繰り返す。
纏う雰囲気が怒ってるようで、拗ねた感じがした。

「なんだよ、彼氏居ないから不貞腐れてんのか」

此方の声すら届いてないのか、ポケットに手を入れて黙り込み、当ても無く視線を彷徨わせている。
いつもの飴も今日はくわえてない。

「なに怒ってんの……」

「別に……、なんでもない」

「怒っても帰ってこねぇだろ……」

先程に感じた様子は確かだと思うが、此方に当たられても何も出来ない。

受付に鍵を貰いに行くか、と思った瞬間に、彼女が徐にポケットから手を出し、指輪を外すと、プールに向かって思い切り投げた。

そこで、やり切ったように短く息を吐き、落ちた先を眺めたまま、瞬きを繰り返す。

一連の流れに訳も分からず、気持ちが飛び出る。

「なんで捨てんの、あれ、高かったんじゃねぇの」

「重くて嫌なの……」

そんな理由で、と呆れるどころか、簡単に捨てていいものなのか、と理解が出来なかった。