彼女が彼の背後に隠れると、互いにタクシー乗り場で佇み、周りの目線に注意を払いながら車へ乗り込み、どこかへ向かい始める。
国道を通り過ぎて街中の大通りを抜け出し、車を停めたのは、快楽を求める施設だった。
脳裏で微かに、ぽたり、と水滴が落ちたような音が鳴り、フロントガラスに粒が落ちると、線を引いたまま、ゆっくりと流れてゆく。
歓楽街の近い周囲から、恋人達が歩いて来る姿を、一組ずつ見送りながら、煙草を口にして待ち続けた。
また、一組、と見送ったあと、そこで自分の行動が馬鹿らしく思えて、ビジネスホテルへと引き返す。
部屋に着くなり、ベッドの中へ潜り込み、すぐに瞼を固く閉じた。
とにかく、眠りたくて仕方ない。何もかもを忘れて、ただ、眠りたい。
五日目も木崎の連絡で休日。
後日は撮影だと聞いたが、どうなるのか、怪しい気配が漂う。
残りの二日間を前に、それまでの撮影を振り返ると、写真は心もとないが、纏めて置いたほうが良さそうだ、と作業に取り掛かる。
その顔を見ても、笑った表情を捉えても、何も思い付かず、感情すらない。
今頃、二人は昨夜の施設で朝を迎えて、食事をしながら笑い合って過ごしている。
写真を整理しながら、気持ちも片付けていく。
その日は彼女からの電話を無視した。
少し大人気ない態度だとは思うが、自分に出来ることは他にない。
撮影が終わりを迎えるように、短い恋の幕を降ろそうとする、ただ、それだけのこと。
選別した物をテーブルの上へ置き、煙草を口に火を点け、静かに繰り返す。
ふと、日比谷のことを思い出し、電話を掛けたものの、ベルの音を数える間に、予想通りの無機質な声が流れた。
当ても無いまま、電話帳を一通り眺めて、携帯をテーブルの上に置く。
特に用事などはないが、誰かと話をしたい気分だった。



