月さえ奇しくかすむ今宵も、貴方様は私の処へといらっしゃるのですね。鈍色の着慣れたシンプルドレスに袖を通し、私は一度だけ叩かれた扉を開く。薄い灰の色のようなスーツを紅くお染めになって、すらりと着こなした貴方様は私が扉を開くと同時に素早く中へと御入りになられるのです。






「いらっしゃる前に、その返り血だけでも落としていらしたら宜しいのに…」





私の小言を、それなりに予想し気を遣われたのか水を被ったらしい貴方様の黒髪からぽたぽた落ちる滴を私がタオルで包み込みました。
タオルで、その艶やかな黒髪を拭いていると静かに冷たくて大きな手が私の手に被さって私が不思議に思って貴方様のお顔を覗いてみれば、「破笑」と貴方は薄ら笑んでいらっしゃるのでした。





















「これは返り血ではないんだよ」





何の感情も込められていないその言葉に私は驚きのあまり一瞬固まってしまい、すぐに「冗談でございましょう?」と尋ねたのだけれど貴方はおかしそうに、くつくつ笑うばかり。





「もう嫌なんだよ。もともと僕は逃げたり隠れたりする事を嫌う性分らしいからね」




「そ、んな…でも貴方様は私だけをこんな浮世に置き去りになさるおつもりでございますか?」




私は貴方様がいるから哀しみ溢れたこの浮世を生きてこれたというのに。このように暗くて冷たい夜の中、動かずずっと貴方様だけをお待ちしていたのに。








私の目から自然と零れ落ちてゆく雫を貴方様は丁寧に拭いさり、それは儚く微笑まれました。






「君を手放すつもりなど始めから無いさ。だから、ねぇ……一緒に」


























(死ぬことよりも貴方のいないこの世界で生きる方がずっと、ずっと)(苦しい)











雨跡、虚ろ、消えゆく

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