準備が終わって、鏡の前でくるんと一周。
よし、大丈夫。
降りていくと、紺くんが座ってスマホを眺めていた。
……どうしよう、かっこいい。
ベージュの服に黒いズボン。青い上着を羽織っていた。
「もう行ける?」
つい見とれていたら、紺くんがこっちを見て言った。
「はい!行けます!バッチリです」
「よし、じゃあ行こう」
立ち上がると私の手を取って、指が絡む。
今日の紺くん、なんか甘い。
私のことを見る視線が、言葉が、行動が。
まるであの、夜の遊園地のときみたいな。
私のことが好きって一目で分かるような。
今日の紺くんは、そんな感じだ。
右手は紺くんと繋がれていて、左手には婚約指輪。これだけで十分幸せなのに。
紺くんと今、休日を一緒に過ごせていることが嬉しくて仕方ない。
流行っている映画を観た。たまに目を合わせて声を殺して笑いあった。
お昼ご飯にカフェに入った。私がずっと、紺くんと来たかったオシャレなカフェ。
たまごサンドのバスケットを頼む紺くんが可愛くて仕方なかった。
お昼を終えたらショッピング。
私の服を見た。
俺の行きたいところ行っていい?と言われて連れてこられたのが、ここだった。
「これ初に似合いそう」
そう私に合わせるのはベージュのワンピース。
「え!こんな可愛いの、似合いますかね?」
「似合うと思う。着てみたら?」
試着室に押し込められて、一旦離ればなれ。
それにしてもびっくりした。
紺くんの行きたいところって言ったから、てっきりパソコンとかそっち系だと思っていたのに。まさか私の服だったなんて。
「紺くん、どうでしょうか……」
沈黙。微妙だったかな?やっぱり。
「かわいい」
着替えるためにカーテンにかけた手を止められて、その言葉が耳に入る。
「え」
想像と正反対の言葉に、思わず零れる戸惑いの声。
でも聞こえていなかったかのように紺くんは続けた。
「サイズピッタリ?」
「え、あ、はい」
「ん。じゃあ着替えていいよ」
なんだったんだ、今の。
少し疑問に思いながらも、着てきた服に着替える。
試着室を出ると、このお店の袋を持った紺くんが立っていた。
「遅かったですよね!すみません」
「いや、ありがたかった」
……ん?なんで?
「なんでですか?」
「うぇ?」
あ、うっかり。心に収めておくつもりが声に出ていたらしい。
「あー、うん。夜まで待って」
「え、はい」
なんで夜?
なんか今日の紺くん、甘いけどおかしい。
まぁ、いっか。夜になったら教えてくれるみたいだし。
「何買ったんですか?」
「ちょっと好みのやつ見つけたから」
ここ、男性ものもあったのか。
いつも好きな服にしか目がいかないから気付かなかった。
今度紺くんのプレゼント、ここにも見に来よう。好みのやつ、あったみたいだし。
誕生日、記念日、クリスマス。
紺くんと一緒に、プレゼントを選びに来れたらいいな。
「どっか行きたいとこある?」
「んーと……。わ……」
歩いていると、ウェディングドレスを見つけてつい足を止めてしまった。
学校の結婚式対決とかでも着たことがあるのに、気付いたら足が動かなかった。
「楽しみだな、結婚」
「ふぇ!?」
「え、違った?ドレス見てたんじゃないの?」
紺くんは繋いだ手を離して肩を抱き寄せて、2人でくっついてドレスとタキシードを着たマネキンを見る。
「はい、素敵だなーって」
「今度一緒に見に行こう。俺らの結婚式で着るやつ」
恥ずかしげもなく、幸せそうに言う。
紺くんのことだから、棒読みで綺麗綺麗って言うだけだと思ってた。
「はい!約束ですよ!」
「約束な」
そのあとどこへ行くこともなく、外へ出た。
もう完全に散りきった桜。枝からは若葉が顔を出していた。
空を見ると少し傾いた太陽。
「このあと、どうしますか?」
もうやることないよな。もう、帰るのかな?
まだまだ、紺くんとデートしていたいのに。
「なんかしたいことある?」
「あ、いえ特には……。でも紺くんと一緒にいたい……です……」
寮なんだから一緒にいられるって、帰るかも。
久しぶりのデート。門限ギリギリまで遊びたい。
「じゃあ行くよ」
そう、腕を引かれたのは寮とは反対方向。
どこ行くんだろう。
着いていくと電車に乗り、りぼんランドの前までやってきた。
「え、ここ……」
紺くんとここへ来るのは遠足以来だ。
「そこじゃない。こっち」
少しだけ歩いて、ここ、と紺くんが足を止めたのは、りぼんランドに併設されているホテルだった。
ひと目でわかる、有名な、数ヶ月前から予約しないといけないようなホテル。
驚いて声も出せない私の手を優しく引いて、ずっと憧れていた場所へ足を踏み入れる。
「ほら、行くよ」
「はい」
テーマパークの音楽のオルゴールが優しく流れていてゆったりとした空間が、まるで夢を見ているみたいだ。
「ほら、開けてみ?」
そう言われて受け取ったカードキー。
緊張からか嬉しさからか、はたまた驚きからか。震える手でドアノブにカードキーを押し当てると、カチャと鳴る。
ゆっくり引くと、真っ暗な部屋が広がっていた。
壁にあった指定の場所にカードキーを刺すと、一気に部屋が明るくなった。
「ほら、もっと中入って」
紺くんに背中を押されながら部屋の奥へと足を進めるとそれこそ本当に夢のような空間が広がっていた。
HAPPYBIRTHDAY UI
風船で書かれた文字が壁に並んでいた。
ベッドには18の風船。3本の赤い薔薇。
「なんで、紺くん、なんで……」
「んー、彼女の誕生日にサプライズ。まぁ、当日じゃないけど」
わざわざ当日をずらしたのは、私のことを考えてくれてなんだろう。
「嬉しいですっ……!」
こんなに素敵なサプライズ。私のことが好きな気持ちがすごくすごく伝わってくる。
「今日ここ泊まって、明日りぼんランド行こう」
手渡された入場チケット。
少し顔が赤くなる紺くんがすごくすごく愛おしい。
「はい!あ、でも……」
気付いてしまった。紺くんも、多分忘れていること。今思い出すべきじゃないこと。
「どうした?」
「私、明日の服……」
持っているものはカバンとお財布、スマホ。
もちろん一泊する準備なんて1ミリもしていない。
どうしよう、ムード台無しにしちゃった?
「大丈夫。これ、開けて」
焦っている私が受け取ったのは、紺くんがあの服屋さんで買っていた、紺くんの好みのものが入った袋。
「でもこれ、紺くんのじゃ」
「いいから。開けてみ?」
じゃあ、と袋を開けると、試着したワンピースが入っていた。
「嘘、これ、買ったんですか……?え、紺くんの好みのやつ買ったって……」
「初が着て、めっちゃ可愛くて好みだったから」
そういうこと……?
なにこれ、なにこれ。
幸せすぎる。
「好きです、紺くん。大好きですっ」
抑えきれなかった。伝えたくて仕方ない。
何度好きを伝えても足りない。
それほど紺くんのこと、大好きなんです。
「俺も好きだよ。俺の人生、後にも先にも初だけだから。18になっても19になっても、20、30、何十年経っても。こうやって誕生日過ごそう」
俺のモットーは"金とスペックは裏切らない!"だから。から始まった紺くんとの学校生活。
色んなことがあった今、本当に紺くんが運命の人なのかって疑ったことも、本当に紺くんは私のことが好きなのかなって思ったこともあったけど。
今はものすごく、よく分かる。
ものすごく私は愛されている。紺くんから、たくさんの好きを、愛を受け取っている。
「はい、もちろん!紺くんも。その、次からはあの、彼氏じゃなくて、私のだ、だっ、旦那さんっ、として祝わせてくださいね」
何年先も、何十年先も。私が一番側で。
2人で幸せな時間を過ごしていきたいな。
「うん。そっかー。次の初の誕生日は、もうお嫁さんなのか」
楽しみだね、とどこか感慨深そうに笑う紺くん。
計算もなにもない、紺くんの本音。
「大好きです」
「俺も」
______誕生日おめでとう、初。愛してるよ。
そう、紺くんは私に好きがいっぱい込められたキスをくれた。