それから、何も変化がないまま

小学校を卒業して中学に入学し、

中学も卒業して高校に入学した。


小学生の頃は身長が小さくて

並んでも最前列の方だったけど

中学2年生くらいから身長が急激に伸びて

高校入学時には172㎝になっていた。




小学の卒業式の時、

白石先生は『これから色々心配だけど、
もう近くにいてあげられない…』

と言って泣いていた。



そんな白石先生の不安を取り除こうと

僕は「大丈夫だよ、先生。
先生のおかげで少しは強くなれたんだ」


そう言うと先生は更に泣き出して

当時、すごく困ったのを覚えてる。



そんな優しかった白石先生は

僕が卒業すると同時に

結婚する為に、教員を辞めた。











高校に入学してからは、

継母からの殴る蹴るなどの暴力は減っていた。


減っていただけで陰湿な嫌がらせや

言葉の暴力、物を投げつけてくる

大切にしていた物を捨てられるなどの行為は
相変わらずだった。



顔を見たくないんだろうなって思った僕は

学校帰りは帰らずに友達の家や外で時間を
潰すようになった。



中学も高校も凛と同じで、

小学から仲の良かった佐藤と小川と真内も
同じ高校に入学した。


身長が伸びた事もあってバスケ部に入部したが

父が出してくれてるであろう部費を
継母が払ってくれなくて

僕は仕方なくバスケ部を辞めた。


なんで辞めたか理由を知らない父は

僕の根性が続かなくて辞めたんだと思ってる。


むしろ色んな意味で、根性しかないのに。




部活が出来ないなら稼ごうと思い

親に隠れて普段家族は絶対に行かない
焼肉屋でバイトを始めた。


たまにご飯が食べられない僕にとっては

給料も貰えて焼肉のまかないも食べられる
そのバイトが最高だった。



帰る度に焼肉臭くて怪しまれたが

「友達の家が焼肉屋だから」と嘘をついて
なんとか誤魔化していた。







そんなある日、

休み時間になった教室で
教科書やノートを机にしまっていると

同じクラスの佐藤が僕の席に来た。



『なぁ日向』


「ん〜?なんだまた連れション?笑」



『お前の姉ちゃん、呼んでんぞ』



そう言って佐藤が指差した方に
視線を向けると、教室の後ろ側のドアの所に凛がいた。




高校生になって思春期真っ只中の凛は

家でよく僕に『学校でも家でも話しかけるな』と
言って来ていた。


そんな凛がなぜ僕の教室に来て
僕を呼んでいるのかが、理解できなかった。




『ちょっといい?』


呼び出されて廊下に出ると、

凛と同じ学年の女子が数人いた。



訳がわからず突っ立っていると

その中の一人の女子が

『あの…ハグしてくれませんか?』


と急に僕に言い出した。



「は?」



『減るもんじゃないんだからしてあげてよ』



凛はめんどくさそうな顔をしながら
僕に言ってきた。


いやめんどくせーのは
こっちのセリフだから〜


そんな風に思ったけど、帰ってから嫌味を
言われるのが嫌だったから


僕は作り笑いをして
その女子にハグをした。


するとその女子は急に悲鳴を上げて
他の女子達と一緒に騒ぎながら

走り去って行った。




「何、あれ」


『なんかアンタにお願いしてって
頼まれたんだよね、めんどくさい』


凛はそう吐き捨てて自分の学年校舎へと
戻って行った。



その一部始終を見ていた佐藤が
僕に飛び掛かってきた。



『あれはなんだお前ぇぇぇぇ!!!!
アイドルかなんかかよぉおおお!!!
俺だって同じ人間なのに…ひでぇよ神様…』


嘆きはじめた佐藤を見て


「あんなん怠いっしょ」と僕は言った。



僕は別に同性が好きだった訳ではないけど

継母や凛の事もあって、

白石先生以外の女性が苦手だった。



だから正直、ハグした時に
女特有の香りに吐き気がした。







授業を終えて、その日バイトが無かった僕は
真っ直ぐ家に帰ることにした。


父親はまだ帰ってなくて

家に入るといつも以上に機嫌が悪い継母がいた。



「ただいま…」


ただいま、行ってきます、
を言っても無視される。


無視されるからといって
言わないとグチグチ言って来た。



その日も案の定、無視されて

僕も無視してそのまま自分の部屋に
向かった。



『おい』


後ろから呼ばれて振り返ると

ガラスの灰皿が飛んできて顔面に当たった。


ゴンッと鈍い音を立てて
灰皿は床に落ちて

当たった眉の辺りから
血が流れるのがわかった。



僕は痛がる事もなく
落ちた灰皿を拾い、近くにあった台の上に置いた。


当たった時はニヤけていた継母は、

僕が痛がる素振りもしないからか
不満そうにぐちぐち何か言って来たが

父親がいつ帰って来てもおかしくないから

それ以上何かをしてくる事はなかった。



僕は流れる血をテッシュで押さえて
自分の部屋へと向かった。


部屋に入ってから
大きめの絆創膏を貼り、

来ていた制服から私服に着替えて、財布を持ち

料理を作ってる継母を無視して家を出た。



玄関を出ると丁度、父親が帰ってきた。



車から降りて来た父は
僕の貼ってある絆創膏を見て


『また誰かと喧嘩したのか…
そんなんだといつまでも携帯買って貰えないぞ』


僕を見るなりため息をついて

家の中に入って行った。



父親は、僕に出来た新しい傷を見る度に
学校や外で喧嘩してると思ってるみたいだった。


だから凛は携帯を与えられていて

僕は持たせて貰えないんだ、と


父は、そう思っていた。


身体や顔の傷だって外で喧嘩してる訳じゃない。

携帯を持たせて貰えないのだって

無駄な金がかかるからって言われたからだ。



僕は何も悪くないのに、

何にも知らないくせに

そんな父親と僕はいつの間にか
距離を置くようになった。




父は、弱い人や動物には優しい人だった。

だから小さい時に

『力は弱い人を助ける為に使いなさい』

と言われて育ってきた。


その言葉をずっと心に置いて
生きて来たのに、僕が他所で暴力行為を
してると思われているのが

腹立たしかったのと、悲しかった。



僕は自転車に乗って

いつもの立ち寄るコンビニへ向かった。



とりあえず飲み物と軽食を買って

誰もいない場所に行こうと思った。



いつも好きで買ってる
紙パックのジュースをカゴに入れると


『それ、好きなんだね』



話しかけられた方を見ると、

たまにそこのコンビニで見かける

歳が近そうなバイトの女性がいた。


何回かレジをしてもらったことがあったけど

声をかけられたのは初めてだった。



「あー、はい」



僕の女嫌いが炸裂して
愛想の悪い返事をした。


歳近そうだけど学校で見た事ないな…

社会人か?



そんな風に考えてると

女が続けて話しかけてきた。



『また怪我してる』


そう言って僕の顔の絆創膏を指さした。



『ヤンチャなの?』



どいつもこいつも
怪我してたら誰かと喧嘩したと

決めつけてきて、腹が立った。



「あんたに関係ないでしょ」


僕はそう吐き捨てて、


その女じゃない
違う店員さんに会計してもらった。





買った物を自転車のカゴに入れて

僕は自転車を走らせた。




僕が住んでいた地域は、

山と海しかない田舎町だった。


自転車に乗れるようになって

自分の力で好きな場所に行けるようになってから


いつも決まった浜辺に行った。


小さい頃の一人になれる
場所はトイレだったが

人が滅多に来なくて一人になれる

新しい場所だった。


佐藤とかと遊ぶのも楽しかったけど

嫌な事があった直後は必ずここに来て

何か文句を言ってくる訳でもない
波の音に癒されていた。




目の前の海にそのまま入って行って

死のうとした事もあった。


学校帰りに山に行っては、

太めの木を探して命を絶とうとした事もあった。


だけどそう思う度に、

「大人になったら自由になれる」

「あんな奴らの為に
まだ死ぬのはもったいない」


そう言い聞かせて思い留まって来た。



そして何より

血縁の僕が死んでしまったら
一人になってしまう父親を思ったら

出来なかった。






浜辺に座りながら

いろんな事を考えていると


遠くから人が歩いて来るのが見えた。





一人になれる場所だったのに

人が来て最悪な日だと思った。





『あれ?君…』


声をかけられた方を見ると

そこにはあのコンビニの女が立っていた。



ただでさえ最悪な気分なのに

現れたのはよりによってあの女で


本当にツイてない日だと思った。



『あ、いま、こいつかよ最悪〜とか思ったでしょ?』


それを言われた瞬間、

図星で飲んでいた飲み物が気管に入り
ゲホゲホと噎せてしまった。



僕のその様子を見て
女はおかしそうに笑った。




「まさかストーカーっすか…」


咳が落ち着いて女に言うと、


『いやいやいや。なんで私がお子ちゃまの
ストーカーなんてしなきゃならないの。笑
するなら大人のイケメンにするって〜笑』

そう言いながら何故か

『ここいい?』と指さして

僕の隣に座った。



「大人の男にはストーカーするんだ
きもっ」



『ねぇ、君、絶対モテないでしょ?』



「モテるとかモテないとか
どうでもいいんだわ」



僕は素気なく答えた。



『ここさぁ、癒されない?』



「………」


『私もよく来るんだ、ここ』



「へ〜…」



海を眺めながら女が語り出した。



全く興味がなくてほとんど聞いてなかった。

というかむしろ、静かにしてほしかった。




すると女は僕の顔をジッと見つめてきた。



「なに…」



僕の貼っていた絆創膏に手を伸ばし

ゆっくり剥がしてきた。


「いってぇ!!!」


急なその行動と
傷が痛んで女を睨むと


鞄から新しい絆創膏を取り出して

僕の傷に貼ってきた。



女のその行動に驚いたけど、

それよりなんか子供扱いされてる気分でムカついた。



「子供扱いすんな」


『子供じゃ〜ん。笑』



女が馬鹿にするように言ってきた。



「じゃあ、あんた何歳だよ!」



『私?18♡』


やっぱり歳が近かった。


「たいした変わんねー餓鬼じゃん」



『私よりガキなくせに!!』



女が少しムキになって言ってきた。




「18…高3?」


あれ、だけど上級生にこんな女いたっけ…


僕が住んでる田舎は
高校は一つしかなかったから

学校にその女がいない事はわかっていた。



『本来ならね。私、中退したから』




だから知らない顔なのか。




『さてと!そろそろ暗くなるから
ちゃんと帰んなよ〜てか、お家まで
送って行こうか?』


そう言って女は運転してきたであろう
自分の車を指差した。


「いや、いいチャリだし。
それに知らない人の車には乗ったら…」


『え〜意外と真面目?笑』


女がまたバカにしたように
ケラケラ笑いながら言ってきた。


「うっせーな早く帰れよ」


僕がイラついて言うと

はいはい帰りますわ〜と言って

車の方に歩いて行った。



『気をつけて帰んなよー!』


僕の方を振り返り
大声で言ってきたけど

僕は無視して、女が車で走り去るのを
黙って見送った。




一人で癒されていたその場所は、

あの女もたまに来ていると知って


僕はもう、この浜辺に来るのはやめようと思った。



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