この愛に猛る/その6
ケイコ



驚いた!

剣崎さんから電話がかかって来るなんて…

「…でもさ、まさに追川さんの分析通りってことか、実情は…」

「うーん、そうだよね。それにさ、剣崎さんは私たちのこと、気にかけて連絡してくれたんだろうから、なんか私は返って安心したかな…」

「言えてるよ。剣崎さんなら、自分の組を取り巻く諸情勢もリアルタイムで正確に把握してるだろうし、麻衣からも業界に繋がる不良連中経由のトピックスは逐次入手できるしね。オレ達は、追川さん、ケイコちゃんの仲間のルート、それに剣崎さんからも”動き”を読み取れるんだ。もしかすると”これ関連”の情報では、トータルで一番知り得る立場かもね」

「うん。あと、情報だけでなくて、いざとなったら剣崎さんのガードもアテにできるし…。気分がずっかり楽になったよ…」

「だけど、油断は禁物だよ。お互い、普段から気は抜かないように心掛けよう」

「わかってるよ、アキラ」

私は白い歯を見せて、笑顔でそう答えた


...



それにしても、さっき電話でアキラが麻衣に向けたひと言…

この人って、なんて聡明な心を持ち得ているんだろう

あえて剣崎さんの胸の内で済ませてもらうようにってことは、麻衣を危険から守ってやってほしいと、剣崎さんの心に最も届く手法だったと思うよ

この私だって、麻衣を憎んではいるが、本心は無事でいてもらいたいって


...



玄関を出ると、今日は風も穏やかな文句なしの晴天だった

家を飛び出してここへ来たあの夜は台風だったよ

この玄関の隅で小さな荷物ひとつを抱え、びしょ濡れになった冷えた体を丸めて、そこのピンポンを鳴らした…

あの時は、例え一時でも、まさかこんなに早く家に戻れるとは思ってもいなかった

しかも、お母さんは私の誕生日を祝ってくれるんだ

アキラとも会ってくれる…

バイクの後ろ乗っかってアキラの体に触れた時、もう心がはち切れそうだったよ


...



着いた…

大した期間じゃないんだが、やっぱり我が家を前にすると懐かしいし、嬉しい

「じゃあ、アキラ…、入るよ」

「うん…」

ワン、ワン、ワン…

おお、ジョンとも久しぶりだ

私にはあまり懐いていなかったが、なんか気のせいか、私との再会を喜んで吠えてるようにも見える(苦笑)

「よし、よし…、ジョン。元気だったか?この人はアキラだよ」

「ジョン、こんにちは。よろしくな…(笑)」

ガシャッ!

わあ、ジョンが吠えたんで、ピンポン鳴らす前に玄関戸が開いたわ…


...



「お姉ーちゃん、お帰りー!わー、待ってたよ。ああ、アキラさん、いらっしゃい!」

「美咲ちゃん…、キミにはいろいろ気を使ってもらって…。今日は、ひとつよろしくお願いしますね」

アキラは玄関で出迎えてる美咲に、深く頭を下げてくれてた

考えてみれば今日の件も、美咲がうまくとりなしてくれたおかげなんだよな

この妹の応援がここまでなかったら、お母さんはこんなに早く私達に会ってくれなかったはずだ

美咲、ありがとうな…

気が付くと、私も軽くだが美咲に向かってアキラと一緒に頭を下げてた

「ああ、二人とも、そんなのいいって。さあ、中入ってよ!」

私はアキラに目で合図して、玄関の中に入った

この匂い…

下駄箱の上の芳香剤もそのまんまだ…

私、帰ってきたんだ


...



「じゃあ、アキラ、どうぞ…」

「はい、スリッパ…。お姉ちゃんのは、あの時のままだからさ(笑)」

そう言いながら、美咲は手早く私の黄色いスリッパと、来客用の白いスリッパ二つを玄関框に並べて、「どうぞ…」とにっこり笑ってくれてね

「おじゃまします…」

アキラは玄関に上がる前、廊下の奥に向かって、元気に声をかけた

すると…

廊下の奥から…、おそらく台所にいるであろうお母さんの声が返ってきた

「どうぞ、上がってください…」

わあ、お母さんの声まで懐かしい…


...



「…お母さん!」

「ケイコ、お帰り…」

「…お母さん、心配かけてゴメンね。わあー…」

台所で私を振り返った母を見るなり、私は反射的にその胸に飛び込んで行った

そして、あっという間に号泣し、私の大粒の涙は床にポタポタとこぼれ落ちている…

「何よ、いきなり大泣きして。さあ、"彼"を紹介してちょうだい、ケイコ」

お母さんは私の両肩を手にして自分の体から私を離すと、穏やかだが、きりっとした表情で私を見つめ、そう促した

「うん…。こちら、香月明さん。アキラ、私の母です」

「…この度は、競子さんとこういうことになり、本当にご心配をおかけしました。申し訳ありませんでした」

アキラがそう言ったあと、申し合せたかのように二人は並んで母に深く頭を下げていた