この愛に猛る/その19
剣崎




「しかしよう…、お前から”それ”聞いた時、椅子から転げ落ちたぞ(苦笑)。さすがに俺も躊躇したって。まあ、実際に麻衣と会ってみたら納得だったが、ハハハ…。でもよう、矢島なんぞは最後まで反対してたしな」

「叔父貴には感謝してます。あの時、会長を一緒に説得してくれなかったら、”今日”はなかったですよ」

「うん…。今となっては麻衣を”使う”という剣崎の判断は、相和会を救ったと思える。それにしても、麻衣がここまでやってくれるとはな。明日以降、撲殺人の婚約者としての麻衣は、業界じゃあ特別の存在に祭り上げられるだろうよ。あの相馬豹一の血筋と噂された例の少女だとな…。なんともな…、正直、いろんな思いが巡るわ」

言えてるな…

麻衣はこれから、かつて例を見ない、極めて特異なポジションでこの業界全体から注視されるはずだ

今日、主だった西の陣営には、一応友好的立場で見なされた訳だが、一方で、事実上反目する関東からは、麻衣がもはやここまでとなれば紛れもなく邪魔な存在と見られる

関東はあらん限りの知恵を絞り、今日ここにいる連中へ、反相和会へのムーブメントに引き込もうと様々なアプローチを試みるだろう

それは西の御仁らが、ここから戻るまでの滞在中にも始まる

いや、もう始まっているさ

東龍会を筆頭とする関東は、これから西の陣営との切り崩しにかかり、相和会にダメージを負わせる手立てを画策しているのは必定だ

それはイコール、麻衣自身に危険が及ぶことも含まれるってことだ

つまり麻衣によって、今日相和会と西との結びつきが更なるものになり得た結果、ヤツの身を危うくしてしたとも言える

叔父貴も、その危惧は抱いているんだろう…

会場内を見渡す目はどこか険しい


...


「○○さま、素敵な日本舞踊のご披露、誠にありがとうざいました。…では、ここで本日の婚約パーティーに際し、各界からの祝辞が電報で届いていますので…」

祝いの電報が司会者から披露される最中、すでに式は宴たけなわを迎え、会場内いたるところでワイワイ、ガヤガヤと何ともいい雰囲気だ

叔父貴と談笑中も俺の元には、若いもんやホテルの人間から伝言、報告が届く

会長も、倉橋と麻衣もひと通り、場内の来賓を回り終えたこと、倉橋に焼き鏝を当てた当事者と倉橋がグラスを交わしたこと等々…

そして、式の進行にも変更の提案が入った

「剣崎、予定通りか?俺の挨拶は、麻衣の指に婚約指輪が納まった後だったな」

「それが…、最後の来賓見送りの際、麻衣との記念撮影を予定してたんですが、希望者がかなり多いので”指輪”の前に繰り上げようってことで、叔父貴の出番は時間にして30分位ずれそうです」

「ならよう、酒の量を調整せんとなぁ…。ろれつが回らくなったんじゃ、シャレにならんしな。アハハハ…」

そう言ってるそばから、叔父貴は右手のグラスに残っていたウイスキーを一気飲みだわ(苦笑)

...


司会者の判断による”変更”の意図はすぐに推し量れた

会場内の雰囲気をプロのカンで察知し、麻衣との記念撮影を式次第に組み込めば、更に盛り上がるだろうと読んだんだ

ふふ…、ここに来ている連中も今日のヒロインである麻衣を、大いに気に入ってくれて、大勢が麻衣とツーショットを希望したようだ

そもそも、この世界に生きるそれなりの地位にある者は、こうした一般人も同席する場での写真撮影は、極端に忌避する習性がある

それを承知で、今日の主役二人が皆を一人一人を見送る際、何人かでも”噂の婚約者”と写真を撮れば、多くの人の目に触れ、その現場のアリバイが出来る…

加えて、実際に麻衣と写った写真が残れば、業界内で後々流通する可能性もあり、トピック的効果も狙えたんだ

麻衣は今の相和会からすれば、実に有効極まりない広告塔であり、言わば業界のプリンセスかアイドルだ

まあ、猛毒”在中”ではあるが…(苦笑)

...


「…それでは、今日の主役である麻衣さんに婚約の証として、優輔さんから、婚約指輪を愛する麻衣さんの指にはめていただきます」

会場内にはロマンティックな曲が流れ、スポットライトは二人を照らし、場内の視線はそこに集中した

「優輔さん、麻衣さん!改めてご婚約、おめでとうございます」

館内は拍手と祝福の言葉で埋め尽くされた

「ここで、麻衣さんからはお礼の口づけがあるそうです。では、麻衣さん、どうぞ」

...


チュッ…

はっ?

麻衣の口づけを目の当たりにした参列者は一瞬、あっけにとられ、わずかの間、静まり返った

だが数十秒後、割れんばかりの笑いが起こり、すぐに全員が拍手で二人を祝福した

麻衣のヤロウめ…

どこまでも憎いマネをやらかしやがる…(苦笑)