この愛に猛る/その18
剣崎



「おう剣崎、ご苦労だな。なんか、いい感じで進んでるんじゃねえか?」

「はい。今のところ、こっちの想定通り運んでますよ」

明石田の叔父貴は、すでにかなりの酒量を飲み干してしているようだが、会場内の空気は冷静に捉えていたな

「自分も主だった方々には、今回ってきたところですが、御大の”言葉”はしっかり届いているようです」

「うむ。淀のじいさんのあの気迫突き付けられりゃ、西の連中もそう安易に関東とはいちゃつけんだろう」

この”流れ”に持ってくることは、事前に周到な想定を踏まえて、二人で手を回してきたんだ

叔父貴は鋭い視線で会場内の”面々”を見回していたよ


...



「とにかく、麻衣ですよ。司会者とのやり取りとヤツの言葉は衝撃的だったようです。皆さん、いやが上にも相馬会長の”生前”を思い起こしたでしょう。強烈に(笑)」

このことは言うなれば、相馬豹一があの世へ行ってもなお、今の相和会に敢然とその精神を及ぼしているとの連想を生む

そして、その精神を鮮烈そのものに投射する17歳の少女が、今、眼前にいる万博抗争の象徴的人物で現在も語り継がれている倉橋優輔との婚約を公にしているんだ

フフフ…、このシチュレーションに、西の業界連中がどれ程のインパクトを受けているか…

想像するだけで愉快ってもんだ

それは叔父貴も同様の思いだろうさ


...



「みんな、アニキが死んじまってもよう、”その影”は消えることなどねーって、よくわかったろ。麻衣が兄貴の分身に見えてるんじゃねえか、あれらにはよう。はは…」

この時、叔父貴がふと口にした相馬会長の”影”という言葉が、俺の心奥深いところにブスッと突き刺さった気がした

「まあ、矢島も安堵したことだろうよ。さっきここに来てよう、ヤロウ、このところ見せたことのない、いい顔色してたわい。助川さんが麻衣のことをべた褒めしてたら、まるでテメエの娘のことみてえに喜んでやがった。アハハハ…」

「俺も皆さんから、よくもあの二人を一緒にできたもんだと、矢島会長のその目利きを称賛されましたよ」

「ふん、撲殺に麻衣をくっつけたのは、剣崎、おめえじゃねえかよ(薄笑)。まあ、今日この場にいると、俺からしても最高傑作だったと実感するわ。アニキが心を動かされたとは言え、あの娘にこんな活かし方があったとはな…。目から鱗がどっと落ちたぜ」

「自分は麻衣が相馬会長と初めて会った日の最初から、全部に立会ってきました。去年の夏から、麻衣が思いっきり暴れまわってる姿も間近でずっとだったんです。ですから、麻衣の底の深さは誰よりも、知り得ていたのかも知れません…」

俺は自然と感慨深げな口調になっていたようだ


...



「そうだな。建田追い落としの時、例のクスリの”脚本”は麻衣が考案したんだったな。そんで、テメエ自身がサツにフン捕まる”絵”を描いて、見事やり遂げちまった。全く、アニキの破天荒極まるイカレ振りを彷彿させるってもんだ…」

2代目の建田さんを失脚させた3本の矢による策謀のうち、1本の矢は麻衣の企画立案で、故意に警察沙汰を起こし自ら警察に捕まりにいくという、体当たりかつ型破りなものだった

麻衣はそのストーリーを綿密かつ周到に推し進め、たった一人で最後まで実行した

病院での薬物療養を経て、不起訴で戻ってきた麻衣は、家裁の審判を受けながらも、じっとはしていなかったよ

その噴き立つエネルギーの持って行き場所を探していたんだ

自らを挑発しながら日々を生き切っている麻衣は、俺と相和会にも挑発のシグナルを送ってきたよ

3代目体制樹立の貢献者でもある麻衣は、未成年の少女とはいえ、矢島さんや俺にとってこの時点で、間違いなく危険な存在となっていたんだ

実際、既に麻衣は倉橋とは男女の関係に至っていたし、相和会としては麻衣の奔放赴くままの行動は、もはや放置できないところまで達していた

トップの矢島さんは、麻衣ないしは倉橋を含めた”処分止むなし”を選択肢としていたし、俺も対処を迫られることとなっていたわ


...



ところが、3代目体制の相和会をめぐる東西両広域組織の思惑も複雑に絡みあっって、我々は今後の”付合い方”を方針転換せざるを得ない情勢となっていた

その状況下、都県境のガキ勢力と我々の領域との垣根が、劇的になし崩されていった

その結果、ガキとのパイプを長年維持してきた星流会が、麻衣に触手を伸ばしてきたんだ

奴は麻衣が相馬会長逝去後は、相和会からお払い箱になると踏んで"色目"を使った

俺はその星流会の諸星会長によるそのアクションで、麻衣を消さずに済む方策に目覚めた

それは、麻衣と倉橋を婚約させるという、突拍子もない切り口の秘策だった…