この愛に猛る/その17
麻衣



「…これで、長年のモヤモヤが晴れましたわ。おおきに、おおきに…、倉橋はん」

優輔さんとほぼそっくり(?)の体格というか体型の野本さんは、そう言いながら、彼の右手を両手で何度も握り締めていた

それは、ごっつい男が牛の乳を優しく絞るみたいに見えたよ(苦笑)


...


「優輔さん、良かったね。野本さんとスッキリできてさ」

「ああ、俺も長い間、頭の隅に居座っていた影のようなものがすっと消えたよ。今日は、なんてスゲエ日なんだ(笑)」

…この時、彼が時折見せる遠い目は、とても優しい光を放っていたわ

それ、彼の目からは初めて見る輝きだった


...



「…麻衣、この方は、北原さんの後見についていただいてる犬飼さんだ」

「初めまして、犬飼親分。本日はお忙しいところ、遠くからお越しいただいて、誠にありがとうございます」

私は椅子から腰を上げ、丁重にごあいさつしたわ

なにしろ犬飼さんは、相和会2代目の建田さんが追い落とされた際、3代目体制に反旗を掲げて相和会を飛び出した北原さんの受け皿になってくれた人だ

建田さんの弟分である北原さんは当然、相和会から破門処分を受けたんだけど、その後に西の陣営との友好路線を敷いた相和会の方針に沿って、旧相和会内の序列ではずっと同格だった剣崎さんと北原さんが和解する際、仲介の労を取ってくれたんだ

「いやあ、聞いていた以上に、相馬会長によう似とるわい。こう近くで拝見すると眼えだけじゃなく、佇まいなんぞはまるで相馬さんの生まれ変わりでっせ。倉橋はん、いい嫁さんを見つけはったなぁ…。いやあ、おめでとう、おめでとう…」

これまたプロレスラー並みの体躯をしてる犬飼親分は、目をまん丸くさせ、首を扇風機みたいにスローで左右に何往復かさせながら、私の”あちこち”を鑑定するように見てくれちゃってる(照笑)


...


「ところで、野本からの挨拶、もうありましたかな?」

「ええ、今さっきです。麻衣の立会いの下、”済ませました”」

「そうでっか。それはよかった。こういうことは、麻衣さんとの婚約披露という、こういう舞台じゃなきゃ、成し得なかったと思いますわ。ほんまによかった、ハハハ…」

「親分がその段取を取り持ってくれたんですね?」

「ハハハ…、そんな大げさなことじゃありませんよ、奥さん。だが、何とも”切れる”お娘さんだ。さっきの一連の発言では、みんな、感心しとりましたよ」

「お世辞でも光栄です。親分も思慮深いお方と拝察しました」

「いやぁ…、わしは、おおざっぱで無神経な無骨もんですわ。さすがの鋭い眼力でも、お眼鏡違いだなあ。ハハハ…」

犬飼さんは関東側が最も注目してるキーパーソンらしい

関東からすれば、北原さんを抱えている大物だけに今後の対相和会の局面次第では、犬飼さんの対応がモノを言う訳よ

建田さんの刑期は2年弱に落ち着いたらしいからね

クーデターがらみで失墜させられた2代目がシャバに出てきた時の状況によっては、実に様々なケースが想定できるってことだ

それだけに、矢島さんや剣崎さんは、この人がこっちに滞在中、果たして関東がどういった接触をしてくるか、相当神経を尖らせているみたい

だからさ、私も微力ながら、犬飼さんの様子を可能な限り観察させてもらってる

まあ、隣の撲殺男は私の”それ”、すでに承知してるらしく、ちょっと苦笑気味の顔で、私をチラチラ見てるわ(笑)


...


「うーん、犬飼さんはなかなか懐が深いなあ…。食えない人よ、私の感じでは」

「ほう…、麻衣の目からも計算高いって映ったのか。まあ、破門した北原さんをいち早く抱き込んだ人だからな、タダ者じゃないよな。いろいろと目論見は持ってるだろう…」

「まあ、私は一度接すれば、頭の中にはしっかりインプットされるから、犬飼さんは特別の場所に”保管”しておくわよ」

「ああ、頼むわ(苦笑)」

その後も、業界の重要人物が入れ替わり、私たちの席へご挨拶に来てくれて、それらの面々もインプット、次々処理だし、はは…

今日の席を終えたら、相和会を取り巻く相関図が作れちゃうかもね(笑)


...



「…まもなく、次の式次第に入りますが、これよりは会場内をご自由に移動いただいて構いませんので…」

約30分の歓談フリータイムを終え、ホテルの人が私たちの後ろから伝達してくれた

程なくして、司会者さんがマイクの前に立った

この後は、来賓方が歌やら詩吟やら踊りやらを披露してくれるようでね…

「それではまず…」

優輔さんと私は、今まで掛けていた中央の舞台から降り、二人で館内を回って今度はこちらからご挨拶だ

まあ、私にとっては、業界の皆さんへの観察タイムになるかな、ヘへへ…