この愛に猛る/その12
剣崎



これは…

もはやこの会場内には、言い様のない妖しいエネルギーが醸成し、異様な熱気ははち切れんばかりに充満していた

今…、この目の前で展開されている光景…

それに、俺は興奮を抑えることが出来ない…


...



さあ、これから司会者により、倉橋と麻衣の馴初めが披露されるぞ

まだ会場内はもの静かな雰囲気の中、披露は粛々と挙行されている

今日はある意図から、あえて立食形式とした

ざっと、その場内を見渡すと…

西からの業界関係者を軸として、そうそうたる顔ぶれが軒並みだ

実際、業界からの参列者は、当初の予想を大きく超えていた

それは直前になって招待の対象を広げたことと、辞退者がほとんど出なかったことによる

ふふ…、西では今日のセレモニーへの関心が、日増しに高まっていく感触を得ていたからな…

今のところ来賓方は、皆一様によそ行きの顔を装い、周囲をさりげなく覗っているようだ

目には見えない思惑という”世俗毒”…

俺には、アイコンタクトで目まぐるしく交錯されているその様が、レントゲンで透かしたように映っていたわ(笑)

フン…、そのすました顔を変えてやる

今日の目的は、まずそこにある

皆さん、とくとご覧あれだ(笑)


...



今日の司会者はいわゆるプロで、この業界の集まりではよく仕事を受けている人間だ

ヤツには主催者側、つまり我々相和会の主旨は心得てもらってる

なので、うまく進行していってくれるだろう

麻衣とも下打合せはしてるしな


...



「…優輔さんは、昭和45年に於ける大阪万博の”一件”では、その狂名を関西一帯に轟かせた豪傑で、今日お越しの皆さんには今さらご紹介の必要がない程の、いろんな意味で有名人ですので…」

司会のこのさわりだけで、ここに集まった関西の”関係者”全員、あの万博抗争がフラッシュバックしたことだろうよ

ここで雪崩を打つかのように、”よそ行”きが崩れていったな(苦笑)

何と言っても、関西の組織では倉橋のネームバリューは抜群だ

”独立系の雄”相馬豹一のカリスマ性をもっとも体現した、相和会武闘派の象徴がこの倉橋とみなされている

関西の連中にとって、この撲殺男は生ける伝説と言っても過言ではない


...


うん、いい流れになっている…

俺は、肘が接するほどの距離にあった隣の矢島さんに、目線を合わせた

お互い、今の胸中が同一なのは言うまでもない

相和会3代目会長であるこの人は、今日のこの席が組織の命運を決定付けるに等しいことを十分承知している

それだけに、会場内のモードがどう変化していくか、俺以上に注視を傾けているよ

矢島さんには今日、こっちが持って行く流れを伝えてあるからな

司会者による馴初め披露は、絶妙の間と抽象的な比喩を織り込んだ、やや皮肉調の言い回しで、実に巧みに西の御仁方の琴線を弾いているようだった

それはまるで、ゆったりとした音楽のように、聞いている側にもリズムが伝わってくるかのようだ


...


「…麻衣さんは、今夏逝去された業界のカリスマ、相馬豹一会長が、何が何でもご自分の身内に仕立てたいという願いから、組織内の方々を惑わしてまで、血の繋がりを流布された快活なお譲さんです…」

司会者Mは、ここで会場の空気を一気に”こっち”の望む方向へ誘導していった

「…去年夏、当時高校1年生だった麻衣さんは、故相馬会長から見初められ、”打ち出の小づち”を与えられました。結果、東京埼玉の都県境に地殻変動を起こしたんです。わずか16歳の未成年であるその麻衣さんへの、組織としての”監視役兼お守役”を担っていたのが、この倉橋優輔さんでした。優輔さんは、麻衣さんが相馬会長と血の繋がりがあることを前提としながら、”監視”を組織の命で受けていたのですが…」

西の面々は、相馬豹一の気性とは瓜二つだと噂された未成年の少女と撲殺男との出会いに話が及ぶと、もう食い入るように聞き入っている


...



「…そんな麻衣さんと優輔さんは、とある日、劇的なターニングポイントを迎えます…」

ここで倉橋の首元に刻印された、あの”火傷痕”がMの口から飛び出た

関西連中はこの言葉が出た途端、ボーンとボルテージアップしたな

あの火傷痕…

それは独立系の雄、相和会を関西傘下に屈させるために講じた、拷問の痕跡に他ならなかった

4時間にわたった想像を絶する阿鼻叫喚の関西による責め…

焼きごてを首筋に当てられて、絶叫を上げ激痛に苛まれながらも、狂気の眼光を敵に浴びせ続け、倉橋はその鋭い目を開けたまま気絶した…

最後まで敵に屈しなかった、その壮絶極まるイカレぶりに、その場の関西連中は驚愕したという

フン、まずは思い出すがいい!