セメントの海を渡る女

その3
剣崎


いつものように、北九州市街地に佇む4階建てビルの1階フロアで、床に尻をついての”会議”は数時間に及んだ

ただし、今日は能勢が加わり、3人での”座談会”になっていたが…

フン…、どっちみち連中のお仲間の見張りには、毎度の立ち退き交渉にしか過ぎん

まあ、ビルの外では暑い中、倉橋がその見張りの見張りってことで用心しているが

...


「剣崎さん、こんな大規模で緻密な計画を立てていただいて、心から感謝しています。いつか、相和会の皆さんには恩返しをさせていただきます。それまで、報酬は払えませんが、それでも本当にいいんですか?」

「ああ、ウチの会長もその辺は最初から承知だ。心配しなくていい」

ミカはホッとして、肩で息をしていたな(苦笑)

...


「そうか…、将来は役者の道を目指したいのか。うん、いいじゃねえか。辛い思いはしたが、そのお陰で演技力を磨けたと考えれば…。それを生活の糧にでき、目指す目標に活かせればよう。頑張れよ」

ミカは大きく頷いた

だが、どこか切なそうでもあった

この時はどうしてなのかとか、そう深く考えなかったし、知る由もなかったが…

しかし後年、ミカがその時胸の内に何を思い描いていたのかを知った折りには、こちらが切ない気持ちに陥ったよ

今から思えば、当時若干20才のミカは、自分がこれから直面する厳しい現実をしっかりと見据えていたんだ…

...


それから約10日後、我々は見事にミカを出国させた

そして無事K国のJ氏の元に到着したことを確認すると、ミカ・ウィルキンソンと交した立ち退き同意書をK弁護士に託し、海の向こうの”先方さん”へと突き付けてもらった

で…、SJPOの連中はこぞって烈火のごとく激怒した

まあ、そんなもん予想してたし、こっちは既に”その先”へと着手に入っていたしな

伊豆の明石田さんには、事前に概ね展開は把握してもらっていたので、I組が向かってきた際の対応も段取りができていた

フフ…、言わずと知れた西の御大、助川親分にこれから起きることの伏線を作ってもらってたって訳だ

で…、コトは相馬会長が想定した通りで、まるで絵に描いたように進んだ

...


相馬さん、I組に対しては声高に激しく挑発を繰り返していてた

すると奴らはヒョイヒョイ乗ってきて、相和会への開戦宣言を表明したわ

向こうからすれば、米マフィアとのつながりを常日頃、自慢のタネにしていたからな(笑)

関西本家にしても、相和会の方から挑んできたのなれば、まずは出方をみて状況によっては念願の傘下取込みを模索するハラだたろうし

無論、我々はそれを読み込んだ上での行動だった

すぐに双方の下っ端同士による小競り合いが勃発し、ついにI組は相和会幹部である、藤原の組事務所へ発砲して全面戦争を仕掛けていたんだが…

ふふ、それはこちらにとって思うツボだったとね

我々としてはそのすべてが計算済だったって訳さ

すかさず、相馬会長は徹底抗戦をぶちあげた…

まさしく業界には、すわっ、全面戦争に発展かって空気が流れ、その耳目は我々のアクションに集中した

そして俺は、相馬さんが描いた絵図通りに組を動かした

東西大手どちらにも呑み込まず、独立系の雄として戦後日本の極道界を疾走してきた相和会を舐めんなって(笑)