公園で別れた俺は、もうひとつの約束の場所へ向かった。

ナナミの家は2階建ての一軒家だ。

隣の家の塀を登って、出っ張りに足をかける。

そして、窓の前のスペース(屋根?)を落ちないように慎重に進むと、ナナミの部屋の窓にたどり着く。

この行き方は小学生の時には頻繁にやっていたけど、さすがに高校生になってからは初めてだった。

俺は窓を開けた。

カギは掛かっていなかった。

靴を脱ぎ、暗い部屋の中へ入った。

数時間前と変わらず、座椅子に座ったままだった。

月明かりに照らされたナナミの愛しい顔が、月に連れて行かれないか…。

心配になる程に綺麗だった。

彼女のことをそっと見下ろした。

『ナナミ…。これ誕生日プレゼント。ベタかもしれないんだけど、ペンダントにした。』

『…。』

『…俺が前に言ったこと、覚えてるか?プレゼントは、喜んでほしいだけなら相手が好きな物。気持ちを伝えたいなら、ロマンチックな物。』

虚な目をしたナナミは何も言わずに、膝を抱えたままの姿で床を見ている。

プレゼントのペンダントが入っている箱を、ローテーブルの上に置いた。

そしてもうひとつ。

『これ、イクヤから。中身は分からないけどさ。渡してくれって頼まれたから。』

そう言ってもうひとつ、リボンが巻かれた小さい箱をローテーブルの上にそっと置いた。

そしてナナミに近づいてから、床に片膝をつく体勢になった。

『イクヤさ。別にナナミを嫌いなわけじゃなかったよ。むしろ好きだったよ。ただ少しだけ。3人とも不器用だっただけだ。』

『…。』

『ちなみに、イクヤがくれた花束の花言葉は、たくさんの小さな思い出…。』

『…。』

ナナミに反応はない。

それでも1人で話し続ける。

今言わないともう…。

『俺達にぴったりの花言葉だと思わないか?なんでもない、だけど大切な…。小さな思い出がたくさんある。だから、10年以上も一緒にいられたんじゃないかって。』

黙ったまま、一切動かない。

まるでナナミの時間だけが止まってしまったみたいに。

それでも口を動かし続ける。

『最後にさ…。俺、ナナミのこと…。ずっと好きだったよ。もちろん、恋愛的な意味で。』

『…!』

『だけど、付き合ってほしいなんて言わない。3人でも2人でも、もう一緒にはいられない…。好きだからこそ、一緒には…。』

『…。』


『全てを知ってしまった今、これ以上一緒にいても…。お互いに傷つけ合ってしまうだけだから。』

『…。』

『よかったら、ペンダントは大事にしてくれると嬉しいな。結構高いやつだぞ?バイトばっかりしてたからさ。金持ってるんだよ。』

『…。』

『もし…。この先、俺なんかよりも。イクヤよりもいい奴と出会えたら…。その時はペンダントは、売るか捨てるかしてくれ。』

『…。』

『じゃあな。また…、3人で会えるといいけどな。』

『…め…ちゃん…。』

ナナミが長い沈黙を破って、口を開いた。

『なん…だ…?』

声が少しだけ震えてしまった。

まだ。

まだ堪えてくれ。

目から何も出ないでくれ。

自分の太ももの辺りを全力でつねった。

『わたしね…。本当にめーちゃんの好きな人は知らなかったんだ…。でもね…。いっくんの好きな人は…。何となく気づいてて…。』

『そ、そう…。だった…のか。』

『気のせいかもって…ずっと思ってたんだけど…。昨日のことで…あ…気のせいじゃないんだって…。』

『…。』

『わたし…わがままだから…。めーちゃんなら許してくれると思って…。焦って…。告白しなきゃって…。いっくんもめーちゃんも両方ほしくて…!』

『うん…。』

『最後に壊しちゃった…。ごめんね…。わたしが1番…ひどいことをしちゃった…。』

『そんなことはないよ。俺達は全員が間違えた。』

ナナミの言うことに口を挟まないつもりだったが、これだけは否定したかった。

『やっぱり…。めーちゃんは優しいね…。わたしね…。2年くらい前から…なんとなく…もう会えなくなるんじゃないかって…気がしてて…その…。』

『うん…。』

もしかしたら、ナナミだけが最初から気付いていたのかもしれない。

ずれているのに心地よく聴こえる、不協和音みたいな、3人の違和感を。

まさか、これから会えなくなるなんて思わなかった。

こんなにも近くに居るのに。

『…うまくまとまらないや。ひとつだけ…。言いたいの。ありがとう。本当にありがとう…。ペンダント大切にするね…!』

『そう…してくれると嬉しい。』

『あとね。わたしも好きだよって、好きだよって言いたいけど…。もう遅いね…。』

俺は微笑した。

『もう言ってるじゃねーか。…でも。聞けてよかったよ。また…な。』

『うん…。また…ね…!』