それでなくとも、こうして終業時間を狙って職場に来られたとあっては、頭が痛い事この上ない。

如月法律事務所は、都心の一等地にある巨大な複合施設の四階から八階にオフィスがあり、コミュニケーションが取りやすいよう開けた造りになっている。

大きな窓からは自然豊かな皇居が一望でき、事務所内には執務室や会議室の他に、図書室やカフェなども完備されている。

大和は沙良とふたりきりになるのを避けるため所内のカフェに案内したが、彼女の声の大きさに周囲の目が集まり居心地が悪い。

(こうして職場まで来られてしまう前に、メッセージで対処しておくべきだったか)

面倒だと放っておいたのが仇となった。帰国して四年近く経っているのだ。まさか、まだ自分に執着しているとは思わなかった。

「ニュースは見た。だが特に思うことはない。君は『こっちに戻るべき』だと言うが、元々俺のいる場所はここだ」

瑠衣と揃いの指輪をした左手でコーヒーカップを持つと、それに気付いた沙良が真っ赤なリップを引いた唇の端を引き攣らせた。

「その指輪……結婚したの?」
「あぁ」
「そんな……結婚したから日本に留まるってこと? あなたほど優秀な弁護士なら、向こうでだって十分通用するのに」

結婚の事実を言葉少なに肯定し、万が一にもまだ自分に執着するようならば諦めてもらおうとしたところで、賑やかな声が割り込んできた。