「帝国でいつも黙って俺の後を付けていて。
 こっちに来ていたのも知らなかったし、何しろ話したのは今日が初めてなんだ」

「あの方……辛そうだったわ」

まだアドリアナが気になるのか、アーグネシュは浮かない表情をして呟いた。
直ぐに同調してしまうのは、彼女の短所だが長所でもあった。


「1年追いかけられても、好きにはならなかったな。
 話すのも、これを最後にしてほしいし、もう姿も見せてほしくないね」


アドリアナの話はこれで終わりだと、ミハンは
会話を締めた。
そうだ、今日のこれで終わりだと、思った。



その、ミハンの願いは叶った。
翌明け方に、アドリアナはホテルの浴室で亡くなっていた。
水を張った浴槽に片手を入れていた。
手首を切って。
テーブルの上に、家族に宛てた手紙を遺して。


─私に真実の愛を教えてくれたミハンを、決して 責めないで─



それはミハンにとっては偽りだったが、アドリアナにとってはどうだったのだろう。
偽りを書いて、ミハンを嵌めたかったのか、それとも。
彼女にとっては、それは紛れもない真実だったのか。


確かなのは、ふたつだけ。
ミハンの突き放した言葉と冷たい眼差しに、彼女が世を儚んでしまった事。
遺書を見せられたその日から、ストロノーヴァ・イシュトヴァーン・ミハンは、運命だの、真実の愛だの、そんな言葉を信じなくなった事、だけ。