おべっかではなく、本当にそう思っていた。
だが、言われた侯爵はそれ程嬉しくもない様な
表情だった。 


「あの頃は力を持たないものは、何も守れはしない、など傲慢にも思っていました……」 

「……」

「妻と上の娘が亡くなって、今は息子も下の娘も傍には居ない。
 自分ではそれなりに力を持っていると過信していたのかもしれません。
 見えていなかった、知ろうともしていなかった事が多かった、と今になって思うのです」

「……確かに今、私は仕事では充実しています。
 ですが、本当に心から求めているものには全然手が届いていません」

「……」

「心から求めているのはアグネスだけ、です」

「それだけ?」

「それだけ、です。
 情けない男だとお嗤いになりますか?
 私の中にある確かなものは、それだけです」


宣言と言うには、あまり力が入らず静かに言ってしまったなと、自分でも思っていた。
それは俺とっては当たり前の事で、今更力んで叫ぶ様な事でもなかったからだ。

その日の帰り、侯爵はドレスの支払いをお願いしますと、言ってくれた。
お互い、さっぱりして新年を迎えましょう、と。


「先程、殿下は確かなものはそれだけ、と仰られたが。
 それを知っている貴方になら、娘を預けられると思いました」


やっぱり俺は情けない男なのかもな。
帰りの馬車のなか、俺は少し涙ぐんでしまった。