「アグネス様、化粧室まで御一緒致しましょう」

夫人から手を差し出されて、俺の腕の中から
アグネスが立ち上がろうとするので、同時に俺も立ち上がって、夫人に彼女を預けて、ふたりを
見送った。
アグネスを手離したくなかったけれど、化粧室へと言われたら、付いては行けない。


「アグネス嬢を送られた後、お時間いただけますか?」

「わかりました」

隣に来た先生がいつもの感じで、俺に言った。
今の話を聞いてどう思ったのか、その表情からは伺えない。


「彼女への対応は、イェニィ伯爵夫人も交えて
話し合いましょうか。
 取り敢えず、帰りは聞いた事については何も
仰せにならないでください」


先生は邸に2度も足を運んでいただくのが忍びないと、俺の都合の良いところで話をしたいと仰ったが、俺は迷惑でないならこちらに戻ってきたいと言った。

王城も、どこかの店も、誰が聞いているかわからない。
ストロノーヴァの邸が一番安心出来た。
王家もこの邸には影を付けられないと思っていたからだ。


「ではその後、夕食はこちらで取っていただけ
ますか……
 当代がこちらに顔を出したいとしつこく言う
のを、ずっと抑えていまして」

邸に出入りしていながら、当代公爵に挨拶をしていなかった事は、俺も気になっていたので、こちらからしてもそれは助かる申し出だった。


夫人と戻ってきたアグネスを、祖母の邸まで
送る。 
帰りの馬車の中、あまり話さなかったが。
アグネスはいつもより表情が明るく見えた。
心にずっとしまっていた秘密を話せたからか。
俺に対して何か答えを出してしまったか。
その答えが何であれ、受け止めるしかないのか。