今から思うと、オルツォ様が邸に来られたのは、この連絡をくださった時と、デビュタントのお迎えと、アシュフォード殿下が御出になった時だけでした。

それなのに、如何にも何度も来たことがあるようなお顔をして。
祖母の手に口付けなどして。
私の事を『ネネ』等と呼んだことは一度もないので、笑いを堪えるのに俯くしかありませんでした。


初めて来られた時に、祖母とは仲良くなり、私と同じ様に『おばあ様』と呼んでいらしたのに。
殿下の前では『ベアトリス夫人』なんて、名前を呼んだので祖母も目を見開いていました。

随分と、殿下に対して不敬な態度も取られて、
お怒りになられるのではとハラハラしてしまいました。

向かいに座られた殿下には知られずに済んだのですが、オルツォ様の手は細かく震えていらっしゃいました。
その時、以前従兄のケネスも同じ様にアシュフォード殿下を怖がっていた事を思い出しました。

恐ろしいと有名なストロノーヴァ公爵閣下にも
交渉出来るオルツォ様が、とてもお優しい殿下をどうして怖がるのか、私には理解出来ませんでした。


そもそも、お誘いもしていないのに、馬車に乗り込んで来られたのはオルツォ様でした。


「結構、勝手な話もするけれど、とりあえず黙って俺の横で聞いてて。
 親しそうに見せたいから、ノイエと呼んでよ。
 アグネスを泣かせる殿下に嫉妬していただこう」

「殿下は私になど嫉妬しません」

「そうかなぁ、そんな事はないでしょう」