そう言いながら、母は私の手を包む様に握ってきました。
母から触れられるのは、あの日以来でした。
母の裏切りから、その伸ばされた手を徹底的に避け続けてきました。
この時も、母の手を払い除けはしませんが、握り返す事はしませんでした。

私は頑固で、頑なで、素直な娘じゃなかった。


「愚かなお母様を許してね。
 これからは一日でも早く、婚約を結んで貰うようにお父様にお願いするわ。
 そうなれば、くだらない噂も直ぐに消えるでしょう。
 貴女は殿下と幸せになるのよ」

そう言ってくれた母に答える事もせず。
母の手を。
母の言葉を。
ちゃんと受け取らなかった事を、今もずっと後悔しています。
ずっと心に刺さった棘のように。
抜けそうなのに、絶対に抜けない棘。

母との関係を修復する機会は、これが最後だったのに。
私の頭の中はそれよりも、これから聞かされる姉の言い訳をどう責めるかで、いっぱいだったのです。