「た、ただいま。」



あたしはボロい小さな木造のアパート(と言うか、共同住宅?)の玄関のドアを開けた。

もう、入居者は、うちの一家しかいないらしい。

うちは、お金がないから…。


殺風景な廊下がのびている。

…ーこの廊下を見るたびに。

この敷居に入るたびに。



吐き気に襲われる。

泣きたくなる。




怖いんだ…。

だって。

だって…。


物心ついた時から……



「おっせーんだよ何していたんだ!」




リビングから下着姿で出てくる女性。

あたしの母親だ。



「ご、ごめんなさい…。」

「とっとと夕飯作れうすのろ!!」



——バシッ


横っ面をビンタされる。

あたしの目に涙がうっすらと浮かぶ。



「………はい。」

「あ?返事が聞こえねぇんだよ!」



帰ってきた途端、ギャーギャー騒ぐ母親。

あたしには、母親しかいない。

父親は、どこに行ったのか消えてしまった。

母親は、あたしに強く当たる。



高校、麗華姫のそばの「あたし」。

ここ(我が家)に来ると、「あたし」は消えて行く。

そして、徐々に姿を表すのは、


「わたし」。


あたしがわたしになったら、あるいはわたしがあたしになったら、記憶が飛ぶ。




今だって…


「あたし」は、「わたし」に侵されてゆく……

——あたしは、完全にわたしになった。