死に顔との再会

”出た…‼”

小原源吉は直感した。
あれが来たと…。

”ウゴウォォウォーー”

悍ましくも禍々しい死に顔は源吉の瞼へ再来した。
言うまでもなく、そのカオの持ち主は面川伊太造であった。
だが、彼は若い年代ではなかった。
ゆうに70を超えた…、要は実年齢に近いカオだったのだ。

昭和5✖年5月✖日、午前2時…。
寝床で仰向けの態勢で寝入っていた彼は、ふと目が覚めると金縛り状態に陥っていたが、胸中は穏やかだった。

それは…、あの死に顔とはいずれ再会すると確信に至っていたからだ。
加えて彼はさらに承知していた。
このおぞましき瞼の訪問者は、決して自分に悪さをしない…、災厄など与えることはないと…。

生粋のたたき上げで身を成した、筋金入りの畳職人であった源吉には、あの30帖畳の間で時空を超えた鼓動の交差を相互させた自覚があった。
醜い限りとは言え、現世で情念を臨界まで達し得た媒体たるあの不浄なお札を抱きか抱えた自己の分身、黒ずんだ床の間下の畳を想い射った精魂が尽き果てた無念の流れ先は他ならぬ、あの畳を直近で再生させた自分以外にないと、源吉は見切っていたのだ。

***

その夜の対峙は現世の時間軸でおよそ20分に渡った。
一方で、源吉自身の時間感覚では、少なくとも6時間を超えていた…。

やがて朝が訪れると、小原源吉は予期した。
”どうやら、死に顔は本当になったんだろう…”と…。

その日から約1カ月半後…、源吉の自宅に電話が入った。

「…もしもし、小原さんのお宅でよろしいでしょうか…?」

受話器の向こう側からは、若い落ち着いた女性の声だった。

この時も、源吉はこう胸の内で呟いた。
”来たか…”

「小原です…。どちら様でしょうか?」

「その節はお世話になりました。群馬の面川です。突然すいません。実は…」

正に案の定であった。
あの死に顔と再会した前日の昼前…、面川家9代目当主であった面川伊太造が享年88歳で逝去したとの訃報であった。

「奥さん…、心よりお悔やみ申し上げます。仕事の都合ですぐにはうかがえませんが、近日中に先代さんの仏前へお線香を手向けさせていただきます」

「温かいお言葉をありがとうございます。主人には、小原さんのお気遣い、申し添えますので…」

”やっぱり、あの時、面川伊太造は逝ったのか…。死出の門出でオレの寝床にお立ち寄りって、要は”そういうこと”だろうよ。まあいい。コトの要は面川さん夫妻に尋ねれば概ねはっきりする”

この時、源吉は悪性の前立線ガンに侵され、すでに末期目前を迎えていた…。