その4
禍々しき種


源吉と保憲夫妻の3人は、計ったように両の眼を2メートルも離れていない黒ずんだ床の間下の当該畳に注がせていた。

この場は、そのまましばしの間が置かれた。
その間、複数とみられるハシボソカラスの”ガア~”という濁った鳴き声が、3人の耳と心に集中砲火のように響き届いていた。
その不健康を連想させる不快な音感は、広い庭から差し込む昼下がりの陽射しにもどこかどんよりとした倦怠感を引誘していた。

そんな心持ち重苦しい空気を感じながら、保憲は父伊太造のその後辿った顛末までを一気に語るのであった。

「その後、父の鑑定は運命鑑定の色合いが強くなりました。しかし、鑑定目的の客人は増える一方で、父の副業はますます”繁盛”していったわけですが、ある時期、その鑑定対象品はついにお札に行き着いてしまいました」

「お札…‼では、お父さん、お客人の持ってくるお金にいちゃもん…、いや、これは失言…。あのう、いわくつきという目利きをすることで、買取ったというんですかい?」

正座状態の源吉は、咄嗟に前のめりになって、やや詰問調で正面の息子に尋ね問うた。

***

「ええ…。このお金はよからぬ人の経由を辿っている。よからぬ出来事が起こりかねないから、そのお札を半額で引き取って、然るべき浄化を施してあげましょうと…。しかも、お札は客人から鑑定を申し出てはいなかったんです」

面川伊太造は鑑定依頼を受けた際、客人に高鑑定を付けて、”この品は貴方の人生に強運を施すものですから、今後も大切にお持ちいただければよい。一方で、今のあなたは他のよからぬ禍の種をお抱えのようだ…、おそらくは懐を温めてるお財布の中身に一部、禍々しきお札が忍び込んでいるとお見受けする…”と、言葉巧みに客人から財布の中を開帳させた。

伊太造の鑑定は端的極まるものであった。

”このお札が悪運の元凶だ、すぐに手放さないといけない。私が引き取って他のお札と交換してもよいが、その後、私自身に禍が売り掛からぬよう、このお札を浄化しなければならぬ。ですので、お引き取りする際は割引せざるを得ないがいかなものか…”

伊太造がこう切り出すと、ほとんどの客人は曰く付きの判定を食らったお札を差し出してなんとか、わが身に禍が及ばぬようにと懇願し、中にはご丁寧にも心付けを添えて、実質、伊太造の手元には引き取った額の倍も転がり込むといった例も少なくなかったという。

さすがにここまで父親のいかがわしい所業を、代を継いだ息子の口から生々しくつげられると、すっかり陰鬱な気分に侵された小原源吉は、眉間にしわを寄せ首を横に何度も振っていた。

だが、そんな源吉の心情を察しながらも、生真面目な保憲は更なる実の父が導いた因果深き顛末をも告げるのであった。
それは父、伊太造のみならず、面川家代々にまで残すことになるであろう、一家の恥部に値する経緯であった

「大そうご気分を害したでしょうね、小原さん…。ですが、そんな私としては最後までお話しなくてはなりません…。こんな所業を繰り返すうち、父が人の財布の中身に虚誕の押し付けでお札を厄浄化にこじつけてだまし取っていると疑う人は当然現れて、結局、警察に告発されて、面川家は警察と税務署からそれなりの処罰を受けることになりました」

「そうですか…。それで、その後、先代さんは…」

源吉はここで伊太造が改心し、とりあえずはいかがわしき所業の罰は全うできたという結末に期待した。
実際、面川屋は今も看板を掲げて健在なのだ。
きっと、過去の汚点は一応の清算を経たはずだと…。

しかしながら、源吉の希望的憶測は見事に外れる。