あんなに必死になって勉強した模試の結果はD判定。はじめがズタボロに打ちのめされたのは、夏休み直前のこと。

最悪な気分で夏休みに入って、塾と家の往復が始まって1週間が経った。

今年(いまとし)はじめは、高校三年生。家は病院を経営していて、代々医者の家系だ。

文武両道の兄は、医学部に在学していて現在はイギリス留学中。
医者の両親は昨日から学会発表のためアメリカに行ってしまって、家にははじめと家政婦の向田の2人だけ。向田も夕方には帰宅するので、夜はひとりだ。

夕方。塾から帰宅し、一息ついて今日の復習をしようと机につく。

コンコン──

部屋のドアがノックされた。

「ぼっちゃま、向田です」

「どうぞ」

はじめがイスに座ったままそう言うと、向田がそっとへやのドアを開けた。

「これできょうは失礼します。晩ごはん冷蔵庫に入ってますから、温めて召し上がってください」

「ありがとうございます。きょうのメニューはなんですか」

ぐるりとイスの向きを変えて向田の方を向く。向田は、祖父の頃から来てくれている家政婦で、かれこれ40年ほど勤めているらしい。もうすっかりおばあさんになったが、それが安心できる要因でもあった。
「ぼっちゃんのお好きなハンバーグです。おかわりもありますからたくさん食べてくださいね」

やったー! とはじめが両手をあげると、向田は嬉しそうな顔をして階段を降りていった。

17時30分。まだ日も高く、エアコンをかけてもジリジリと暑い。お茶でも飲んで休憩しようと立ち上がりふと窓から庭をみると、何かが動いたように見えた。

なんだろう。パタパタと一階のリビングへ行き、窓を開けてあたりを見回す。
向田もまだ家にいたようで、はじめがあわてて一階に降りてきたのに気がついてリビングへと入ってきた。

よく手入れのされた青い芝に、白くてもふもふのお尻がひとつ。んんっ? なんだあれは?

それはかわいらしい白ウサギであった。どこかで飼われていたのが逃げ出したのか。じっと見ていると、とことことやってきて、ちょこんとはじめの目の前に座った。

「ウサギ……?」

かっ……かわいいっ!! 思わずそう叫んでしまうくらいかわいらしいウサギだった。きれいな翡翠の勾玉の首輪をつけている。どこかのペットだろうか。