授業が終わって休み時間。
生徒達が席を立ち、
廊下に出たり、友達と話し出した。
先生は黒板を消していた。
私は先生のところに行って、
一言だけ言った。
「…手伝います」
それだけ言って、黙々と黒板を消した。
大好きな人が隣にいるのに、
うまく話せない。
話したいのに、見えない壁がある。
それが何より辛い。
黒板を消し終えて戻ろうとすると、
先生は言ったんだ。
「七瀬さん、ありがとう」
その時、思ったんだ。
見えない壁は、先生が作ってたんだ。
もう、私を名前で呼ぶことはないの?
「…はい」
私は、上手く笑顔を向けられただろうか。
そんなことを考えていたら、
日向が話しかけて来た。
「あ、いお!今日の放課後、他のクラスの子たちと一緒に、リレーで勝負してみようだって!予行練習的な?」
「…うん、わかった」
「…なんか元気ない?」
その質問に首を振る。
「大丈夫」
それだけ言って席に戻った。
「いお、はい。これやる」
「え、ちょっと翔太?」
私に一本のジュースを渡して、
翔太は教室から出て行った。
「やっぱり榊原くん、
いおのこと好きだよね」
その光景を見ていた日向が、
私をいじるように笑顔で言ってきた。
「ち、違うよ?」
「じゃあ、なんでジュースなんて渡すのよ」
「それは…」
答えられない。
私だってわからないから。
でも、翔太は、ただの友達だと思っていた。
そんなふうに考えたことなんて、
一度もなかった。
「あ、榊原くん!」
「…何?」
「うわ、相変わらず無愛想だね〜」
「…用無いなら」
「あるある!
どうしてさ、いおにジュース渡したの?」
「…なんか元気ねぇから」
そう言って、翔太は席に座った。
日向も翔太も私が元気ないこと、
わかるんだ。
心配してくれる人がいる。
そう思うだけで、胸が軽くなった。
でも、申し訳なくもなった。
だって、みんなには内緒で、本気で先生に恋して、勝手に落ち込んで。
そんな私が、馬鹿みたいに思えた。
みんなに迷惑かけないようにって、
思っていたのに。
先生に名前ではなく、名字で呼ばれる。
それがこんなにも辛いなんて
思っていなかった。
「…いお?なんで泣いてるの?」
日向の声で我に返った時、
私は涙を流していた。
先生の前以外で泣いたのは、初めてだった。
「あれ、なんでだろう」
そう言いながら、涙を拭っても流れてくる。
それに気づいた翔太が、
こっちに来て私の手をそっと握った。
「いお、俺次の授業サボりたいんだよね。
付き合ってくんね?」
きっと翔太は、
サボりたいなんて思っていない。
だから、翔太のことを思うなら、
断らなければいけない。
分かっているのに、
気づけば私は首を縦に振っていた。
その瞬間、翔太は無言のまま私の手を引き、歩き始めた。
教室を出た時、ちょうど先生と目が合った。
泣いている私に気づいた先生は、
また辛そうな表情をした。
でも、私はすぐに目を逸らした。
先生、私はもう先生の
辛そうな表情なんて、見たくないよ。
伝わるはずもないのに、
心の中で何度も先生に伝えた。