「この揺れは」

 慌てて立ち上がった瞬間、馬車が大きく揺れる。
 ふらつく体を支えてくれたレナルド様。でも、私は完全にバランスを崩してしまう。

「…………んっ」

 私たちは、なぜか二度目の口づけを交わしていた。初めてのキスは、人命救助だから、たぶんキスのうちに入らない。

 では、二度目のキスは?
 いや、事故だよね、これ。

 せめて2回目は、ロマンチックにって思っていたのに。

 混乱したまま、慌てて離れようとしたのに、レナルド様は、長い指で、私の後頭部を押さえて、角度を変えてもう一度、口づけしてきた。

 これはもう、事故なんて言い訳、できない。

 息つぎも忘れてしまうくらい、愛しさにキュウキュウと胸が締め付けられて苦しくなる。
 それなのに、離れたくなくて。

 レナルド様が、本当に好き。
 幸せ。好き。大好き。

「…………時間切れか。実は手続きは、もう全部、済ませてあります。あとは、リサの気持ちを聞くだけだったから……」
「え?」
「リサは、嫌がるかもしれないけれど、俺の最後のわがまま、受け取って貰えませんか?」
「レナルド様?」

 レナルド様が、一枚の紙を取り出す。
 それには、複雑な魔法が幾重にもかかっている。
 その紙に、レナルド様が魔力を流し込む。

「どうか、俺と婚約して下さい。答えは、『はい』それだけしか聞きたくない」
「…………はい」

 その瞬間、淡いラベンダーの炎と、桃色の炎が、混ざって魔法のかかった紙を燃やす。

「愛してる。全てがなくなってしまっても、最後までこの気持ちを持ち続けることだけ、赦して」
「レナルド様? あ、私は」

 額に落ちてきた口づけは、優しく触れて、淡雪みたいに消える。それと同時に、レナルド様の姿も、私の前から消えてしまった。