その、ごく一部の人間。ミル・ピラー伯爵令嬢。
ほとんどの人間は、彼女のことを、有り余る魔力を全て美に費やす、愚かな人間だと思っているだろう。
今日も彼女の姿は、妖艶だ。
赤い口紅、太ももまでスリットの入ったスカート。少なくとも、魔術師も貴族令嬢もしない装い。
実力を隠して生きている魔術師ミルには、似合っているのかもしれないが。
「レナルド、久しぶりね?」
「これは、ピラー伯爵令嬢。お久しぶりです」
「――――その名は、魔術師になるときに捨てたわ。ミルと呼んで。そうでなければ、レナルド・ディストリア侯爵令息様とお呼びするわよ?」
それは、勘弁してほしい。
母のこともあり、ディストリア侯爵家とは、騎士になって自分の屋敷を持って以来、疎遠だ。
「――――ミル殿、此度はどのようなご用向きですか?」
ミル・ピラーは、当代随一の魔術師だ。
本人も、伯爵家令嬢を言う地位を捨ててまで、魔術師の道を選んだ。
だが、いつ見ても整えられた姿は、完璧で、隙がない。
不老に関する研究が専門であり、その力により、国王陛下ですら彼女に強く出ることができない。
誰もが彼女の不老と美に関する力を欲しているのだ。巨万の富と名声を持つ彼女。
その彼女が、聖女に会いに来た。俺は警戒を強める。
「――――聖女様が、魔獣討伐のためのパーティーを募集していると聞いたから」
「……それに、なぜミル殿が参加されるのですか?」
「あの、象牙色の肌、この世界には珍しい黒い色合い。磨けば光るのに、放っておかれるブラックダイアモンドの原石に興味があるから……かな?」
彼女の本質を知らない人間が聞けば、酔狂だと思いながらも納得するような返答だ。
「そうですか。心強いです」
「相変わらず、食えない男ね」
王宮では、中継ぎ聖女だと、下に見られているリサの元には、不思議なことに、王国最高峰の実力者が集まっていく。個性が強く、誰もがその協力を得たいと願っても、思うようにはできなかった彼らは、あっという間にリサに傾倒していった。


