レナルド様のあんな冷たく硬質な声、諦めたような言葉、そんな状況にあなたが身を置くなんて、私は許さない。
「私っ」
王都に戻りますという一言を告げる前に、地響きとともに揺れた地面。私は、尻餅をつく。
『ああ。ちょっと、決意するのが遅かったね?』
「……シスト?」
『制約があるから、分かっていても伝えられないってツライね。でも、多分もう、レナルドは王都にいない。だから、転移魔法で会うのは、もう不可能だ』
そう、シストは魔人が来ることを知っていた。この後起こることも既に知っている。でも、言えないのだ。それは制約のせい。
『ごめんね』
「ごめんなさい!」
『は?』
私は、勢いよく、シストに頭を下げていた。
「シストは、制約のせいで、事前に伝えることができなかったのね? ごめんなさい。少しだけ、あなたのこと、疑っていたの」
『いや、理沙はもっと人を疑った方が……』
「ありがとう。そばにいて、私の名前を呼んでくれて」
『……あーっ、もう! 聖女ってみんな、どうしてこうなんだ!』
この地響きが、揺れが、普通のものではないと、聖女でなくなったはずの私に、なぜか残っているほんの少しの力が、警鐘を鳴らす。
それと同時に、予想する未来は、確信に近い。
この地響きの原因は、魔人に関係する。そして、解決のために動く未来に、レナルド様との接点があるのだと。
「……中継ぎ以外の聖女は、ほとんどが、魔人や魔獣との戦いで命を落としているわ。……それでも行くの?」
ナオさんが、告げる言葉は、おそらく事実だろう。それでも私は、ニコリと笑って頷く。
聖女として生きる未来、レナルド様の隣に立つ未来に、もう躊躇いはない。
その時、一瞬だけ、私のステータス、猫の爪に傷ついた聖女の文字が、ぼんやりと桃色に光ったことに、シスト以外誰も、気づくことはなかった。


