転移魔法は、今までに何度か経験したけれど、相変わらず体が一度、小さな粒子に分解されて、再構築される感覚は、気持ちが悪い。
転移酔い、とでもいうのだろうか。
転移した後の気分の悪さに、すでに逃げてきたことを後悔しつつある。
「……おや、大丈夫かい?」
ハンカチで口を押さえつつ、顔を上げれば、目の前には、いかにも人の良さそうな老婦人がいた。
『あっ』
なぜかシストが、間の抜けたような声を漏らす。
「気分が悪そうだね。そうだ、うちで休んでいくと良い」
その提案を受け入れて良いものかと、シストにチラリと視線を送る。
『…………この人からは、悪意が感じられないから、平気だと思うよ』
「……あの」
「ふふっ。私、猫は好きなの。寄って行きなさい」
この世界に来てからというもの、人間の悪意に慣れすぎていたのかもしれない。優しくされると、臆病にも逃げたくなってしまう。
それでも、いつも優しい仲間たち。
……いつも優しいレナルド様。
「――――よろしくお願いします」
「あなた、お名前は?」
「理沙です」
「そう、リサさんというのね……。私は、ナオというの。よろしくね? そちらの猫ちゃんは」
「あ、シストといいます」
「そう、シスト、よろしく」
「にゃ」
シストは、猫のふりして小首をかしげる。
この日から、しばらくの間、私にとって久しぶりに穏やかな時間が訪れ始める。
この時の私は、すべてのことから目を逸らしていたのだろう。
魔人が言っていた、目的の半分を果たしたという言葉の意味すら、考えることなしに。