『あと、魔獣の肉を食べたのも、聖女の力が弱体化した原因』
聖女がお肉食べたらいけないって、迷信じゃなかったのね……。美味しかったけれど。
『肉は食べても良いんだ。でも、魔獣の魔力は聖女の魔力とは正反対だから。そもそも、レナルドは、それが分かっていた気がす……ゴホンッ』
なぜか、この部屋の温度が、3℃ほど、下がったような気がした。気のせいだろうか。それにしても、シストを見るレナルド様の視線が、なぜか氷点下だ。
『……まあ、最終的には、僕が聖女の称号を糧に、二人を助けたんだよ。お陰で、箱の姿から解放されたわけ』
「…………え?」
聞き捨てならない言葉を聞いた気がした。
レナルド様が、殺気を剥き出しにして、私の前に立つ。いつもなら、平気なその殺気。聖女の力がないせいか、クラクラする。怖くはないけど。
『わぁ。……この体じゃ、まだレナルドには敵いそうもないな。まあ、でも僕は、敵じゃないし魔人でもない』
可愛い子猫が、猛獣のように見えてくる。
ただならぬ気配。
レナルド様は、警戒を解かないまま、それでも殺気を消す。
「聖女のことを、名前で呼んでも赦される存在なんて、高位精霊や神に近いものしかいないですよね?」
『近からず、遠からずかな。どちらにしても、制約があるんだ。正体を言えないのは、勘弁してよ』
フワフワと浮かぶと、シストは私の左肩に乗る。
重さはない。ずっと、視界の横で箱が回ってる生活を続けていたせいか、視界に何も映らないのが、逆に不安だったみたいだ。少しホッとする。
「それにしても」
首を傾げて私を見つめるレナルド様の視線には、やっぱり熱がこもっている。私は、この症状を、どこかで見たことがある。
その瞬間、脳裏にポンッと浮かんだのは、涙でベチャベチャな、色気とかロマンチックさとは、無縁だった私のファーストキス。
――――まさか。
私は、この症状を知っている。
吸血鬼と戦った時に、ロイド様がこんな状態になった。
いつも寡黙なロイド様が、あの時ばかりは饒舌になって、なぜか私に愛を囁き始めたのだ。
「魅了」
まさか、聖女の口づけに、そんな作用が?
でも、そうなのであれば、先ほどから様子がおかしすぎる、レナルド様の言動にも、全て説明がつくのだ。
このとき私は、妙にストンと腑に落ちてしまったその理由を、なぜか無条件に信じてしまったのだった。


