「――――え?」

 全身をすでに取り返しがつかないくらい呪いで蝕まれて、焦点が合わなかったレナルド様のラベンダー色の瞳が、大きく見開かれる。その瞳には、黒髪に黒い瞳。この世界の人たちに比べると、シンプルな造形の私の顔が映り込む。

「ごめんなさい」

 聖女の口づけは、たった一人にしか与えられない。
 中継ぎの聖女といっても、聖女の最初の口づけだけは、王族も含め誰もが欲しがった。
 それを守ってくれていたのも、レナルド様だから……。

 初めての口づけって、甘いのだと思っていた。
 でも、少し塩辛い。それは、私がべちゃべちゃになるくらい、泣いてしまっているからだろう。
 
 申し訳ないくらい、ひどいことになっているだろう私の顔とは対照的に、足元に浮かんだ桃色の光を帯びた魔法陣は、かわいらしくて神聖な雰囲気だ。

 中心に描かれているのは、聖女を表す暁に光る一番星。
 上には太陽、下には月が描かれて、周囲を取り囲む円は、世界を表す。
 聖女として受けた教育で、習った通りの魔法陣。

 聖女の固有魔法陣は、聖女の初めてだけ、その姿を現す。

 断末魔の悲鳴のように、気味の悪い地の底から聞こえるような音を立てながら、レナルド様にまとわりつく呪いが解けて力を失っていく。
 でも、魔力消費は予想を大きく超えていて、恐ろしい勢いで、魔力が体から流れ出していく。

「やめてくれ! このままでは、リサまで」

 唇が離れた瞬間、久しぶりに呼ばれた、懐かしいその名前。
 聖女のことを名前で呼ぶのは、この国では禁忌とされているから。
 そのせいで、レナルド様が私の名前を呼ぶ機会なんてなかったのに、ちゃんと覚えていてくれてうれしい。