「――――え?」
私が、膝をついて、レナルド様と同じ高さに顔を合わせた姿を、焦点が合わなくなったレナルド様のラベンダー色の瞳が見つめる。
「ごめんなさい」
たぶん、私みたいな、聖女であること以外取り柄がない人間が、これからすることは、レナルド様にとって不本意だろう。それでも。
聖女の口づけは、たった一人にしか与えられない。
中継ぎの聖女といっても、聖女の最初の口づけだけは、王族も欲しがった。
みんながその恩恵を欲しがった。でも、レナルド様は「好きな人とするときに、取っておくものでしょう?」と言って、私の初めてを守ってくれた。
塩辛い……。
初めての口づけは、もっとロマンチックな場所で、そして甘いのだと思っていた。
でも、私が、それを捧げたいと思った人は、一人しかいない。
涙でべちゃべちゃで、ひどい顔してる、きっと。
それでも、足元に浮かんだ桃色の光を帯びた魔法陣は、かわいらしくて神聖な雰囲気だ。
守護騎士の誓いをしてくれた時に、桃色の光と一緒に浮かんだ魔法陣。
あの時、光を吸い込んだ、レナルド様の剣が、淡く桃色の光を帯びる。
中心に描かれているのは、聖女を表す暁に光る一番星。
上には太陽、下には月が描かれて、周囲を取り囲む円は、世界を表す。
断末魔の悲鳴のように、気味の悪い地の底から聞こえるような音を立てながら、レナルド様にまとわりつく呪いが解けて力を失っていく。
魔法陣が完全に発動したのを横目に見て、私はレナルド様から、唇を離した。


