「――――シスト!」

 その瞬間、私の左肩、少し上の空間でクルクル回っていた箱が、ガチャンと音を立てた。
 私が、聖女である証拠。
 中継ぎ聖女には必要がないと、いつも冷笑を浴びせられていた封印の箱。

 神聖なはずの封印の箱を、プレゼントみたいに見せていた赤いリボンがほどけて、ヤギみたいなツノと鳥みたいな手を持つ魔人の腕に絡みつく。

「――――百年なんて、魔人にとっては、ほんのひと時だ。だが、完全な力の回復には、時間が少し足りない。まあ、聖女を手にかけることはできなかったが、今回の目的の半分は達成できたようだ。良しとするか」

 そのまま、魔人は、赤いリボンを引きちぎって姿を消す。
 クルクルと私の斜め上で回る箱は、何ごともなかったかのように、再びリボン付きのプレゼントの箱みたいな姿を取り戻した。

 ドシャリと、重いものが地面に崩れ落ち、金属がガチャリと音を立てる。

 私は、倒れ込んだレナルド様に駆け寄った。

「……ご無事ですか。聖女様」
「レナルド様……。はい、無事ですよ」

 泣きながら私は、守護騎士レナルド様に縋り付いた。
 私には、この世界の味方が少ない。
 幸せだった毎日は急に終わりを告げて、知り合いの誰もいない世界に呼び出されたときの絶望が、いつの間にか、耐えられる程度の寂しさになったのは、レナルド様がいてくれたからだ。

「――――すぐに、王都に戻って、魔術師と剣聖に連絡を取ってください」
「その前にすることがあります」
「聖女様……。もう、時間がないから」

 私は、覚悟を決める。
 レナルド様にとっては、不本意に違いないけれど、この力を使うのは、たぶん私の人生で今しかないように思えた。

 聖女の初めてには、大きな意味がある。

 ――初めての魔法。
 ――初めての戦い。
 ――初めての祈り。

 すべてが、2回目以降のそれと違い、神聖な意味を持つのだ。