「え、まさか」
「……いえ、怖がらせてしまい申し訳ありませんでした」
そんなことを言われると、レナルド様の体験談のように聞こえる。貴族社会は恐ろしい場所だ。
そのほかにも、王族からは、討伐から帰った直後に役ただずだと、冷たくあしらわれ、毎日出される食事は野菜ばかり、なぜか私のファーストキスを貴族令息たちが狙ってきたりと、私は、ハードモードな日々を送っていた。
そんな私を不憫に思うのか、「王城の中でなく、ディストリア侯爵家で過ごせるようにしましょう」と、レナルド様は、提案して下さった。
流石にそこまで、厚かましくなれない。ブンブン首を振ると、私は、慌てて話題を変える。
「そういえば、しつこくキスさせろと言ってきていた伯爵家の次男様、最近見かけませんね。諦めたのでしょうか」
「……聖女様が気にするようなことでは、ありません」
左肩の上で、相変わらずクルクル回り続けるリボンをつけた箱、シストが『ほんと、理沙は知らない方がいいと思うよ』とつぶやく。
どういう意味なのかわからないけれど、たぶんあまりにしつこいのを見かねて、レナルド様が注意してくださったのだろう。
相変わらず、レナルド様の返答は素っ気無い。しかも、その美しいラベンダーの瞳が氷点下に冷えきっているように見える。
振る話題を間違えたらしい。


