思わず子猫をギュッと抱きしめる。
 わずかに香るのは、子猫には不釣り合いな、爽やかな風のような香り。
 この香りを嗅いでいると、大きな白いモフモフのたてがみと、時に魔法で姿を変える、白い騎士服を纏った男性の姿がなぜかいつでも真奈の脳裏に浮かぶ。

 ――――誰なの。

 その人は、少しだけお父様と言動が似ている。
 そう、シストとお父様の言動が、時々似ているように。

「また、愛する理沙という言葉を、何度も聞く羽目になるのかな」
『そうだろうね……。愛する僕の真奈』
「え?」

 子猫が、初めて真奈のことを愛すると言った。
 その言葉を聞いたとたん、まるでせき止めていた川が急に流れだしたみたいに、真奈の瞳から涙が伝う。

『……ごめんね。真奈』
「謝らないで、シスト。私だって」

 私だって、何なのだろう。
 伝えればよかった言葉に違いない。でも、今はまだその時ではなくて。

『帰ろう。理沙が待っているよ』
「うん……。シスト、大好きだよ?」
『うん。今はそれでいい』

 真奈に抱き上げられた子猫は、本当に彼女が好きだとでもいうように、その顔に擦り寄る。
 フワフワした毛並みがくすぐったくて、思わず笑った真奈を、目を細めて見つめる。

『気は長いほうなんだ。なんせ、千年も待ったからね』

 子猫のつぶやきは、風に流れて消えた。
 もうすぐその願いが叶うのか、叶わないのか。
 その答えは、まだ誰にもわからないけれど。