マッド★ハウス

最後の地権者/その15
アキラ


埼玉北部の某ライブハウスに着いた

今日は赤子さんのバンド、”ドライ・アットハート”のステージがある

プロの世界に入ってから、赤子さんのライブを聴きに来るのは2度目だ

今日は、出場4バンドのうち、2番目の登場らしい

それにしても、ここのところのバンドブームは凄いなあ

日本でもやっと、ロックが市民権をガチッと掴んだ感触がする

一応、オレもステージ上がってるので、皮膚感覚で伝わるんだ


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ライブは最初から総立ちで凄い熱気だった

赤子さんのバンドでは、彼女に対する声援が一番多かった

ステージぶりは一段とカッコよくなってるし、パワーも半端じゃない

オレも立ち上がって、思わず一ファンになってた


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ドライ・アットハートの演奏が終わった後、オレは席を立った

今日は赤子さんに会うつもりだ

この前の件、諸々の報告とか、お礼とか…

直接会って話して、とにかくスッキリさせようと思う

控室前が見通せる通路には、他にもファンがいっぱい立ってる

だいたいは若い女の子とか、20代くらいの男性かなあ

既に控室内に入ってるようなので、当分ここで待ってみよう

次のバンドが控室から出てくると、人が一気に減った

そこで、少し控室の近いところに移ってみた

しばらくすると、赤子さん、何人かと一緒に出てきた

オレの方向に向かってくるので、声をかけてみるか…

赤子さんは、オレが声をかける前に気が付いてくれた

「おー、アキラ~、来てたのかー!」

さわやかな笑顔の赤子さん、結構大きな声で右手を上げてる


...



そのあと、一緒に出てきたメンバーに一声かけて、オレの前に来てくれた

「ステージお疲れです。急にすいません。話、少しいいですか?」

「うん、例の件とかだろ?」

オレは立ち話で、オファーと立退き交渉の件を”報告”した

「いつもいろいろ心配してもらって、感謝してるんだけど、一応、自分で決めたことなんです」

「ああ、わかった。なんか、夏ごろには目途つきそうな感じなんだってな。アタシも”クチ”心掛けとくからさ。石田さんもそう言ってくれてる」

赤子さんはテキパキとした口調だった

「それと…、建田さんにも談判してくれたみたいで…」

「ああ…。だけどアイツの言う事、鵜呑みはダメだぞ。他の4人のことも絡めて組み立ててくるから、そん時になったらさ…。まあ、アタシが目光らせてるから、大丈夫だ」

この人、ホント猛女だ…

”あの”相和会の大幹部にも堂々と渡りあって…

「…幸い、石田さんは今の勢いある情勢に乗って、ロックの地位を底上げする気だから…。精力的に動いてて、アマの掘り起こしは重要視してんだ。時期的にはいいわな」

石田コージさんは、自らもロックミュージシャンの現役だが、業界の大御所的な存在だ

「…アキラはとにかく、自分で決めたこと、しっかりな…。集中でな、ガンバレ」

オレは改めてお礼と感謝を伝え、その場で別れた

これでスッキリできた…

いつもながらさっぱりした人だ、赤子さんは…


...



その後…

春前には泉さんが競売物件を落札した

12世帯の比較的築浅のアパートで、1階に2DKだが空き室があり、そこに引越すことになったそうだ

諸々の手続きを経て、7月初めには立退きの見込みだ

まさに建田さんのシュミレーション通りになっちゃった…

オレはそれこそ、”連絡役”に徹して、すんなり計画が進んでって

立退きの前、オレは泉さんの家に呼ばれ、夕食ごちそうになった

この時は一階の和室に通され、お母さんも一緒だった

テーブルに出されたのは、あの、みなと寿司…

ちょうど、大みそかの日とサイズ一緒の大皿だわ

お母さんは、「いろいろと、ありがとうございました」とまた涙声だった

典子さんからも、丁重に感謝の言葉をもらい、仙台の住所を教えてもらった

いつか、遊びに来てって…

その時はまたお寿司とるからって、典子さん、ニッコリ笑ってた


...


マッドハウスは8月にクローズとなりそうだ

なので…、秋にはココ、更地になる訳だ

オレは自分で決めた道に向かって、ここから一歩を踏み出さなくてはならない…

この夏…




ー完ー