猫と髭と夏の雨と


連絡を取ればいいだろ、と胸の内に沸き、それよりも帰れば良いのに、と毒づく。


頃合か、とドアへ手を掛けたと同時に携帯が鳴り、表示された"阿部南穂(あべ なほ)"の文字を確認しながら、一息吐いて耳に当てる。

「……はい」

「どこにいるの?」

聞き慣れた声が、やけに耳障りだった。

「……仕事」

「珍しい、貴方が仕事なんて」

いつもは聞き流せる嫌味さえ苛立ちを擽る。

「何か用事?」

「相変わらず、冷たいのね」

視点を合わせた背景や姿が徐々に霞んでゆく。

「無いなら、切るよ」

「待ってよ、仕事終わったら食事に行かない?」

深呼吸をしても息苦しく感じるのは気のせいなのか……。

「もうすぐ誕生日でしょ、貴方の。忘れたの?」

軽く笑う態度に、出なければ良かった、と後悔していた。

「今更だろ……、じゃぁな」