それは、今日や明日にでも底が見える数字で、再び支払いの桁に頭を抱え込む。
けれど、悩み始めた途端に腹の虫が急かして思考を鈍らせた。
銀行から目に付いた店舗へ進み、遅い朝食を前に一息吐き、何となく姿を浮かべる。
『牛丼なんて"女優"は食わねぇだろうな……』
僅かな硬貨で買える食事を、咲山璃乃に差し出したところで、価値の無さに幻滅するような気がした。
ふと、脳裏に現場で起きた映像が流れて来る。
咲山璃乃は此方の口に飴を入れたあと、不意に優しげな目を見せ、柔らかく微笑んだ。
駆け出しとは聞いてるが、女優としての演技力なのは否めない。
更に加えれば、自然な振る舞いで大した物だ、と上目線から考えていた。
下らない妄想を消し去り、車を目的地まで走らせ、駐車場の空きを探しながら、出入り口の方へ視線を合わせる。
すると、一人の女性が背を向け、ガードパイプに腰を下ろした状態で待って居た。
車を停めても時間までには十五分も余裕があり、ハンドルを抱えて眺めるうちに悪戯心が湧き出す。
いつまで待つ……?
約束の十時丁度、女性は手にした携帯から視点を変え、横断歩道でも渡るように左右を確認し、再び小さな機械を眺めた。
山間の環境が次第に辺りを曇らせ、フロントガラスの上で雨粒が弾くと、瞬く間に跡が増え続ける。
猫耳のフードを被り、微動だにしない姿を、木崎の注意も忘れたまま、捉えていた。



