猫と髭と夏の雨と


戸惑いながらも手が伸びて、ゆっくりと身体を抱き寄せる。

その柔らかさや温もりを、髪の香りを確かめると、微かに甘い匂いが鼻を擽る。

彼女の手が首元に伸びて、此方の耳元が顔に近付き、優しげな声が確かに自分の名前を呼んでいた。

そして、たった二文字を残して、彼女は唇を重ねた。

触れるだけの、軽いキス。


ここまで来ても、狡い態度で惑わす。

それでも、憎らしくて可愛い。

けれど、時々腹が立つ。


「足りねぇよ」


強く抱きしめて、深く交わし合い、熱が残るほどに、幾度も繰り返した。

顔の輪郭や綺麗な眼差し、頬を滑り抜けて髪を梳く。

今にも泣きそうな表情に、いつもの言葉が浮かんで来る。

「璃乃」

「なに」

「またな」

彼女が出来ないことを、確証もせずに吐き出した。