猫と髭と夏の雨と


「そうだな、終わりにしようぜ」

「戻ってくるわよ、私」

「その頃には日本にいねぇよ……、俺は海外に飛ぶ」

すっと南穂は席を立つと同時に足を進めながら、部屋を出る手前で此方を睨み付け、小馬鹿にしたように去って行く。

最後まで軽く扱う態度に、此方の言葉が届いた気もするが、それでも、性格を顧みると僅かな望みに賭けるしかなかった。

結局、彼女からの連絡は途絶えて、水族館の誘いもないまま、一ヶ月が通り過ぎた。
木崎との約束では三ヶ月と提示されたが、期間を伸ばしたい、などと言い出せるような間柄では無く、言ったところで許されもしない。

残された期間は一ヶ月で、漸く写真集に使う物を纏める作業に取り掛かる。
一枚ずつ丁寧に確認しながら、どこかで不意に考えていた。

彼女は結婚しないことや、外国に行くのも知らない。
ふと手を止め、伝えようか……、と携帯を探る。

けれど、指先を掛けた瞬間に躊躇う。

誰かの連絡を待つことが、待ち遠しい、と初めて思えた。

もし、結婚しないのを告げたなら、何か言うだろうか、外国に行くことを伝えたなら、何を想うのか……。

連絡を出来ない立場にも関わらず、言えないことを繰り返し、壁に下げた写真を引き抜き、色々な表情の彼女を見ながら思い出を巡る。

間抜けな眉毛に膨れた頬、照れた仕草に思い切り笑う口元。
思わず手を止め、包み紙を開けると、小さな万華鏡が転がった。

(なんだよ、これ……)