猫と髭と夏の雨と


「残したら怒られるからな」

縁のない接待に羨ましいとは思えず、二回目の食事も綺麗に平らげた様子を鼻で扱う。

「誰にだよ」

「あいつ、璃乃」

まるで、目の前にボールが転がったような名前を、受け入れるまで箸を止めていた。

そのまま静かに置いたあと、煙草を口にして火を点け、大きく吐き出す。
ふと、彼女なら言いそうだ、と口元が緩み始める。

「確かに、言いそうだな……」

「あいつは昔から自分が正しいと思った事は絶対曲げない、若い頃なんて手が付けられなかった。それに、めちゃくちゃ向こう見ずな性格でさ、怖い兄ちゃんにも食い下がってたからな」

彼は軽く笑いながら話したが、内容は全く笑えないどころか、余りにも信憑性が感じられない。

よく生きてるな……、と洩らすと、彼は頬杖を付き、静かに口を開いた。

「あいつは一回、沈んでるんだよ……」

聞いた言葉を噛み砕いても、意味さえ上手く飲み込めず、眉間の皺が深まる。

彼は続きを忘れたように茶を淹れ、湯飲みを手に揺らしながら目を伏せた。

次第に沈黙が漂う合間で、重みの在る口から零れ始める。

「界隈で俗に言う海の底に投げられた」

色彩の区別が付かない場所から、泡が上る映像を浮かべて居た。