猫と髭と夏の雨と

それから、南穂に何度も連絡をしたが、仕事を理由に断られ続け、彼女からは相変わらずの待ち惚けを食らわされている。
少し間の空いた隙を見計らい、溜めた洗濯物を探りながら家電へ押し込むと、繋ぎ服の胸ポケットから包み紙を手にした。

最初の日に忍んだ小さな思い出を、目にした瞬間に鼓動が跳ね、音を立てたように響く。
息を整えながら壁に下げた写真と共に挟めて、並べた画像から意識を逸らした。
約束の期限は一刻を迫るのにも関わらず、些細な出来事に気を傾け、自分の弱さに止まる度に歯痒くなる。

沈んだ空気が漂い始めた部屋にチャイムが鳴り、訪問者がドアを叩いて急かした。

「おい、居るんだろ、俺だ」

聞き慣れた渋い声に開けると、鬱蒼とした髭面を覗かせ、日比谷が昼食の誘いを吐き出す。
照り付ける日差しの眩しさに皺を寄せ、色付き眼鏡を掛けた途端に友人の声が飛ぶ。

「お前、マジで柄悪いな」

「うるせぇな」

小言を無視して煙草に火を点け、くわえながらポケットに両手を入れ、いつもの店舗へと向って行く。
二人で食事をするのは久しぶりの事だが、彼が訪れる時は何かの報せを持ち合わせている。

けれど、此方には思い当たる節が無く、箸を進めて他愛ない話を交わした。

「さっき大手出版社と飯行ったけど、食った気しなくてな」

「何食ったんだよ」

「フレンチ、あれは飯じゃねぇな」

「でも、全部食ったんだろ」