おそらく、既に彼女の行動を、知り合いが張っているはずだ。
静かに告げると、大きな溜息を吐き、此方を見つめて応える。
「別に、慣れてるし、大した事じゃないよ」
隙のない彼女の強さに、少しだけ躊躇う。
幾ら仕事上の都合とは言っても、納得するような性格では無い。
けれど、ここまで撮影は順調に進んでいて、成し遂げたい気持ちもある。
別れようか……、などと不意に浮かべて、我ながら最低な奴に思えた。
子どもまで作って、南穂は仕事を辞め、稼ぐ役目は決まっている。
結局は自分に残された選択肢が、南穂を説得する以外に方法が無かった。
「来週は無理だ、少し時間が欲しい」
「もう、行かなくても良い。我侭言って、ごめん」
彼女は優しげな声で近寄り、此方の頭を撫でながら、柔らかな口調で吐き出す。
「おつかれさまでした。またね、お髭さん」
いつもは見送る背中が、今日に限って視界を遮る。
晴れ渡る空から太陽が差し込み、蒸し暑い空気が辺りに漂い始めた。
水溜りに映る青色と白い雲が風に揺れ、思わずカメラを構えてシャッターを切る。
山の麓から下りた蜻蛉が、夏の始まりを告げ、横目に通り過ぎて行った。



