猫と髭と夏の雨と


今から数時間前の午前九時。

机上に広げた写真を前に、頬杖を着きながら、頭を抱えた状態で悩み始めていた。

すると、チャイムが一度だけ鳴り、いつもの人が扉を開けると、此方へ投げるように言葉を吐き出す。

「ねぇ、子どもが出来たの」

耳にしても顔は向けられず、写真の人に焦点を合わせ、ただ、見つめる。
けれど、視界は朧気で霞んだように揺れ、幾重にもレンズを隔てた気がした。

「これで仕事が辞められるわ」

南穂は胸を撫で下ろして呟き、床に散らばる画像を集めると、一枚ずつ視線を這わせる。

「指輪、買いに行こう」

手持ちを丁寧に奪い去り、想いもしない事を口走っていた。

その言葉に南穂は軽く笑うと、入籍が先じゃないの?と返し、此方を促す素振りで佇む。

「取り敢えず、行こう」

やはり、自宅に仕事を持ち込むべきでは無かった、一ヶ月も訪問されない様子に安堵で余裕を構えていた。

此方の状況など南穂は無視を貫き、"安心"を眺めながら微笑む。
それは、明らかに悪巧みの表情だった。

「それにしても、貴方が人を撮るなんて、今まで無かったと思うけど?」

「今回だけだよ……」

人物を撮ると始まる誘導尋問は、南穂からすれば"排除する対象"で年齢など関係が無い。
気が済むまで対象を追い詰める仕事に就き、各種多様に手を下すことも冷然に行う。

「浮気したら分かってるわよね?容赦しないから」

南穂が範囲とするのは、非常に細かい広さで困難を極める。