猫と髭と夏の雨と


漸く重い腰を上げると、彼女は座ったまま、空を見据えている。

思わず"璃乃"と呼び掛けたが、聞こえてるようで、何かを考えるように首を傾げた。

それは、物の数秒で消え去り、席を立つと同時に此方へ向く。

「来週の火曜、高浜水族館行こ」

突発的な言動は変わらず、逆らう権利は無くても条件反射で口走る。

「何だよ、急に……」

「ただ、行きたくなった」

いつも理由など適当に済ませて、此方が頷けば直ぐに片付く。

「了解。で、現地集合?それとも、電車?」

「髭の運転でドライブ」

「お前、マジで言ってんの?」

ハンドルを握る仕草で、左右に揺れた身体が止まった。
おそらく、自分が思う以上に深い溝が刻まれ、途轍(とてつ)も無く嫌な顔をしている。

彼女は一切動じず、暫く此方を見つめたあと、徐に吐き出す。

「うん、マジ。後で待ち合わせ場所メールする」

飄々(ひょうひょう)とした態度に舌打ちして、込み上げて来る言葉を、立て続けに返した。

「お前、いい加減にしろよ。マジで何考えてんの?車で行ったら泊まりだぞ、分かって言ってんのか」

「分かってるよ、それの何がいけないの?仕事でしょ?」

「そうだけど……、そうならねぇんだよ」