猫と髭と夏の雨と


たった一瞬の合間で、彼女の息遣いが止まった気がした。

やがて、雨音の勢いが潜み、砂嵐のように降り注ぐ。

「入籍もまだなの?」

「まだ、何も決めて無い」

此方へ身を乗り出したところで、態と背伸びをしながら避けて応えた。

「なんで急に?この前まで無かった」

それでも彼女は続け様に声を投げ、静かに瞬きを繰り返し、ただ、此方を見つめている。

「居るんだと、腹の中にガキが」

単純な質問から感じた執拗な気配も、どこかへ置き去りにしたまま、軽く窘める声が聞こえた。

「言い方……」

けれど、直ぐに彼女は微笑み、此方を覗き込んで続ける。

「おめでと、髭パパ」

「全く実感ねぇけどな」

優しげな表情に吐き出したあと、何度か同じ言葉を浮かべたが、他人事にしか思えなかった。

「生まれたら、ころっと変わるよ、多分」

「だと、いいけどな」

いつの間にか空は晴れ渡り、休憩所の屋根先から雫が落ちていた。