猫と髭と夏の雨と


その後は互いに店舗を抜け出し、煙草を口にした所で彼女はポケットを探り、数枚の札を手にしたのを眺めながら火を点け、吐き出す合間で直ぐに渡して来た。

「前も思ったけどさ、それ多くね?」

先程の様子を顧みれば、明らかに前回と同じ金額。

「木崎が言ってたから」

おそらく、これが仕事の始まりか終わる合図で、後者だと理解しても咄嗟に口走る。

「でも、今日は飯しか食ってねぇぞ」

けれど、彼女は手元を見ながら、此方へ一歩だけ近付く。

「じゃぁ、頭撫でて」

「お前、何言ってんの?」

躊躇いの無い相手に、悪態で互いの距離を促す。

「いいから早く」

敢え無く急かされ、彼女の頭へ手を伸ばし、静かに指先を這わせる。

それは、撫でると言うよりは、触れてるほうに近く、どちらなのか、自分でも分からないほど、天辺の先から根元まで震えた。

けれど、彼女は目の前で、ゆっくりと瞬きを繰り返し、微かに口角を上げていた。

その顔を眺める合間に思考が鈍くなり、一息の区切りを吐いてから、再び手当ての件を断る。

「今日は貰えねぇよ……、それ」

「一緒に食事してくれたし、後は付加価値」

此方の事など一切気にも留めず、彼女は無理矢理にポケットへ詰め込む。